ANA国内線【PR】

久々の更新かと思えばお知らせ。
また北へ行ってきます。今回は1週間弱。今回でこの帰省続きの日々も一旦落ち着くかなあという感じ。
楳も一緒に行きます。この所、少し食欲が無かったので迷いましたが復調した模様。何より共に病と闘う者同士の母と楳の間には、何かしら通じるものがあるのではないかと勝手に思ってみたりもします。

バタバタと紙版画はがきの納品をさせて頂きました。
阿佐谷の土の記憶さんと、吉祥寺のPoooLさんに器やすり鉢をモチーフにしたものを何枚かずつ。
ただ土の記憶さんは現在移転準備のため店舗、オンラインショップ共にお休みされています。新店舗は6月中旬オープン予定だそうです。きっとまた素敵なお店になるんだろうなあと楽しみです。今しばらくお待ち下さい。

6月には楽しみにしている企画展に参加させて頂きます。んが、まだ全然準備が出来ていないという...
実家で黙々と版作りに励む所存です。詳細は近々またお知らせします。


写真は楳のお気に入りの場所2つ。朝日が降り注ぐ階段と、通りを行く人や車、鳥の声におっかなびっくり(でもワクワク)な窓際。放っておくと1時間でも2時間でも離れません。この時は外の柵に雀がとまった瞬間。
引っ越してきてからもうすぐ3ヶ月、変な話ですが、以前の家よりも楳が「猫」としての感覚を取り戻しているんではないかと感じます。




あと全く話は違いますが、魅惑的すぎる写真をドーン。


こちら熊本県天草は船崎水産の『〆鯖蒲鉾』。これが激しく旨いのです。
現在、池袋西武百貨店で開催中の第5回 大九州うまいものと技紀行に出店中。連日夕方には売り切れ状態だとか。実はこの船崎水産は家人の高校時代の同級生である船崎君が家業を継いで営んでおられます。彼が東京でデザイナーをされていた時は、まさかこういう未来が待っているとは思いもしませんでしたが、昨年初めてこの〆鯖蒲鉾を食べた時は、あまりの旨さとありそうでなかった組み合わせの妙に、ひどく感動したもんでした。こんな風に東京でお目にかかれるとは嬉しいかぎり。いや、コレ本当に食べといた方がイイよ!ま、ここで言わずも会場の熱気は凄いらしいですが(初日に出向いた家人談)。会期は14日(月)まで。ぜし。

この断面のレインボー!!いったいどうやって〆鯖と蒲鉾とが合体できるのかが謎!謎だけど旨いからいいや!





さあ、来週帰京したらまた怒濤の日々だなあ。でも気持ちはとてもフラット。というか開き直り。でも開き直り重要ッ。
















昨日の『のらぼう十年祭』、「祭」という名の通り最初から最後まで大賑わいのベースカフェでした。寒さがぶり返したあいにくの天気だったというのに、本当に沢山の方々がそんな事気にもとめず(という笑顔で)次々とご来場下さって、「長丁場」だと思っていた9時間もあっという間でした。で、一晩経ってもまだ不思議な多幸感に包まれています。
それはのらぼうのお店に行って、おいしいお酒とお料理を頂いて、気持ちの良いスタッフの方々に見とれ、大満腹ホロ酔いでフワフワとお店を後にする時の、あの感じとよく似ています。
のらぼうというお店を愛する人、のらぼうのためならと喜んで馳せ参じるという人の多さの理由を、いつものお店とは違う場所で、改めて深々と納得すると共に、10年という長い時間、何かに真摯に向き合い続けるという事の、ちょっと怖くなるほどの凄みを、まだそのほんの一部でしょうけれど、垣間見られた様な気がします。お店って、お店を続けて行く事って、本当に凄い。凄いとしか言いようがない。
昨日ののらぼう歴代スタッフ達への質疑応答コーナー「教えてのらぼうさん!」の中でも「空気を読む」という言葉が出て来ましたが、学生アルバイトながら飲食に携わった事のある私でも、それがいかに難しく、神経の張りつめた状態でなされる事か少しはわかります。けれど、あのお店の中央にある開かれまくった厨房から客席には決してそれは伝染しない。というより「させない」という意識の凄さ。皆さん和やかで、時に笑いを交えてお話されていましたが、途中から私の目には「登山家」に見えていました。目指している景色がより高く、より険しい登山家。でもそれ故に滅多には見られない素晴らしい景色を知っているのだろうとも。
蛍光カラーのチャラいウエア着て、ロープウェイかなんか乗って6合目あたりで満足して下山してしまう様な精神的山ガールな私には、それぞれの顔が何とも言えずカッコ良く(普段あまり見られない私服姿というのもあったけど!)、どんより空をもろともせぬ程に晴れやかで、ますます眩しく見えました。


今回沢山の方々に「紙版画はがき」や「ぽちぽち袋」をお買い上げ頂きました。お馴染みの方から、思いがけずお会い出来た方まで、本当に有り難うございました。
寅印菓子屋さんとのコラボクッキーも完売しました!寅さんが夢にうなされ作ったクッキー(何と金太郎あめ方式!)だったので本当に良かった!!

あとお客さんの中には楳の病状を心配してお声をかけて下さる方もいて、本当に嬉しかったです。
「ぽちぽち袋」はダントツでめがねモチーフが大人気(笑)(でものらぼうの採用基準はめがねじゃないらしい。一人くらい「実はレンズ入ってないんだよ〜ん(指を通しながら)」て人がいるんではという私の予想は外れました。ははは。)



そして今回この様な素敵なお祝いの場にお誘い頂いて、細々とした連絡や調整(当日はライブ出演に音響係まで!)に大活躍してくれたウニさん、本当に有り難う!!そもそもは随分前に彼が「のらぼうっていうお店があるから西荻に引っ越した様なもの」という話をしてくれた事で、私はのらぼうを知ったのでした。それもまとめて感謝。そして本当にお疲れさまでした!!!


改めて、のらぼう10周年おめでとうございます!!また食べに行きます!!







そうそう、当日お配りした出店案内をマウス絵で描かせて頂いたんですが、最初のイラストはボツにしたすり鉢。豆腐サラダやらみかん箱ダンボールのメニューやら、自分が楽しくなってしまい色々描いていたのだけれど、最終的にはこんな感じになりました。











冬眠期間が長過ぎた坂本、久しぶりに素敵なイベントに参加させて頂きます。
西荻、いや中央線の宝と言っても過言ではないお店「のらぼう」さんの10周年を記念したお祭、その名も『のらぼう十年祭~感謝(驚)』。このタイトルみただけでも、ねえ、あーた。
出店ラインナップもたいそう盛り沢山、他にも様々なパフォーマンスや、会場であるベースカフェの階下にあるラウンダバウトの片隅では「のらぼう十年展」なども開催されるそうで、一のらぼうファンとしてもとても楽しみであります。というか完全に ファン8:2出店 くらいの頭で会場をさすらう予定です多分。

『のらぼう十年祭~感謝(驚)』
日時:2012年4月22日 11時~20時
場所:吉祥寺ベースカフェとその周辺
入場:無料


★詳細はのらぼう十年祭~感謝(驚)ブログかツイッターのらぼう十年祭公式アカウントをご参照下さい。



坂本はお馴染みの「紙版画はがき」(鋭意製作中)や「楳ポストカード」、

新作「ぽちぽち袋」などを販売します。

ぽち袋って何故だか前々から好きなんです。小さいくせに貰った時の「晴れ感」の大きさとか(笑)
お年玉や大入袋といったゲンナマに限らず、ちょっとしたメッセージカードを入れて贈りものに添えたり、お祝いの席のお赤飯用お塩(これは他人様のアイディア!なるほどーと膝を打つ。)を入れたりとか、かあいいーんでない?と思います。
今回は消しゴムハンコで図版も色々作ってみました。何せ紙版と同じで版や色、レイアウトの組み合わせは無限大なので、コチラも全て一点もの。けれど版画とはまた違う面白さ(なんつってもプレス機不使用&インク速乾という素敵さ)にハマりそうであります。でも結構力仕事で腕壊れ気味!!スースーする薬塗って頑張ってます。

そうそう、当日はご近所友でもある「あの方」とのコラボも予定してます。お楽しみにー。
のらぼう10歳を皆でお祝いしましょう。ご来場をお待ちしてます。













今年も会えました阿佐ヶ谷住宅の桜。
毎年、善福寺川に向かう花見客と逆行する様にそこを目指して歩いて行く、という「特別な事じゃないのに凄く特別な感じ」がたまりません。
平日開催にも関わらず、去年同様にわらわらと集結した下は2歳から上は60代の面々、年齢の幅広さも自慢の花見であります。仕事関係者花見じゃないんですぜ。実際、職種もバラッバラ。ただ皆、阿佐ヶ谷住宅を愛する人々。再開発計画が進む中、それだけで何だか夢みたいじゃないですか。
持ち寄った手作りごはんも、やたら豊富だったお酒(笑)も、何もかも美味しかった。お開き後、帰宅して仕事をしなければならなかったのに完全に飲み過ぎ、後々大後悔しましたが、でも良かった。
来年もあの桜に会いたいなあ。どうか会えます様に。

誰よりも阿佐ヶ谷住宅を知り尽くし、愛してやまぬのはこのお方、石井ちゃん。

石井ちゃんが緑の中を闊歩し、立ち止まって遠くを見る姿も特別な事じゃないのに凄く特別な感じがするんだよ。













こちらではご無沙汰しております。皆様お元気ですか。
twitterではウザすぎるほどにキーボードを叩いているというのに、もはや「日記」とは呼ぶにはおこがましいこのページ、いったいいつから更新していないのかと思ったら、うへー先月の帰省前!そういえば帰京後、体が「もー無理ぃー」と白旗をあげた数日間がありまして、そっからすっかり抜け殻と化した私は、目の前に課せられた物事を一個一個こなす、という事だけで後は食う寝る飲むしかしてませんでした。ってそこは削らないのか私。
何ですか、色々あった様で、何も無かった様な、実際この所何をしていたか、と考えると全然思い出せないな。あ、『カーネーション』が終わってしまった。腑抜け要因はそれも1つあるかもしれない。いや大いにあるかもしれない。

まあそれは置いておくとして、ココには書いておりませんでしたが、実は週の数日だけバイトを始めました。もうかれこれ半年になります(あ、合間に長期帰省もあったから実質5ヶ月くらいか)。ちなみにイラストのお仕事とは全く関係のない、簡単に言えば「食」に携わるお仕事です。詳しくは雇用契約やらなんやらで「口外するべからず」らしいので書けませんが、書きたい事山積!なある意味特殊な「食」のお仕事です。
15年ほど自宅で1人コソコソと仕事をしていていた自分としては大転機ではありました。色々ありすぎた2011年、周りも自分も何もかもがガラリと変わってしまったというか、もう全く同じではいられないというか、改めて自分の足元を確認せざるを得なくなった時、単純に「全然別の仕事がしてみたい」という気持ちもありましたが、まあ当然「お金を稼がねば」と思ったのが一番の理由です。「あんだよ、金かよー」ではありますが、ハイ、金です。もちろん自分が生きて行くためでもあるし、今後どれだけかかっていくのかわからない楳の治療費も念頭に入れての事でした。あと募金するにも貧乏じゃ出来ねぇのな!というアホな理由もあったか。まあ、ともかく書き尽くせぬ色んな複合的な動機があります。

んが、いざバイトを始めたら楳の抗がん剤治療がストップとなり高額な注射代を稼がなくて良くなってしまい「おいおいおい」と思っていたら、今度は実家の母の闘病生活がスタートし、帰省の数が増えたりして、お金に羽根生えまくってどんどん飛び立っていくわで、「やっぱしバイト始めて良かったよう!お金大事!」と思えたり。何と言うか、物事というのは時にギリッギリの所で上手い事回って行くのでありますね。


そうだ、ここ最近の一番嬉しかった事。
今週頭に4ヶ月ぶりの楳の精密検査があったのですが、お陰様で他臓器への転移も無く、引き続き免疫療法を地道に続けていこうという事になりました。抗がん剤治療をやめて以降、初の検査だったのでとても恐ろしかったのですが、少しだけホッとしました。腫瘍がそこにあるという事で、悩みや不安に囚われない日は無いですが、これは生きている限りいかなる状況でも消えて無くなるものではないのだろうし、半ば開き直って楳との毎日を大事にしようと思います。

さてさて。
世は新年度突入、ようやく坂本も少しずつながら活動再開出来そうです。年末年始、てんで動けずにいて、様々なお誘いをお断りし続け、色んな方々にご迷惑をおかけしてしまった不義理な私ですが、有難い事に素敵な催しのお誘いをいくつか頂いておりまして、現在その準備中です。
一番最初の画像は消しゴムハンコ楳ポチ袋です。長期実家帰省の折、楳に会えない寂しさを埋めるべく夜な夜なチマチマと掘っていたシリーズや、他モチーフの消しゴムハンコ、紙版画など色々作っています。

他にもこんなんとか


お馴染み紙版画はがきとか


器モチーフとか


もちろんイラストのお仕事も頑張っております。他のお仕事を経験してみて、改めて絵を描くという事を「好きだー」と思えたのも収穫です。昨年は、もう、そういう事すらも訳がわからなくなりそうでしたから。

催しの詳細はまた改めて!


おまけの楳近影。先日の暴風雨の音に猛反応楳。


もう少ししたら外のデッキ(濡れ縁か?)で日向ぼっこ出来る様にしてあげる。













...て、移動の時しかここを更新していないのではないか。うーん。面目ない。

また明日から短期帰省いたします。東京は「春一番か?」な強風が吹いた様ですが、北の地はまだまだ真冬。気合いを入れて行かにゃあなりません。

あの日から一年という月日が経ちました。一年経っても頭の中は霧がたちこめている様な、妙に冴え渡っている様な我ながら掴みどころの無い状況ではありますが、月日というのは待ってはくれず、どんどん先に進んで行くので、「ああ、いかん、いかんなあ」と思ってばかりの自分にも大概飽きました。

新居での生活も大分ペースが出来つつあります(お陰様でネットもTVも繋がりました。これでテレビッ子安泰)。
住まいを変えて「ああ、そういえば」と思った事は、昨夜の様な大きな地震の際、これまでの様に「あの日」のフラッシュバックが薄皮一枚分くらい生々しくは無くなったという事でした。それが良いのか悪いのかはわからないけれど。

春という憂鬱と沸き立つ様な気持ちが混在する季節は、ただでさえ珍事を生みやすく、ともすればいくらでも萎え過ごしてしまう私ではありますが、ようやく重い腰を上げて手足を動かす事が出来そうです。昨日観た『メランコリア』のキルスティン・ダンストの様に、年末からこっち続いていた「グレーの毛糸が体中に絡まっている」みたいな感覚をダーン!と断ち切るぜ。

まずはそのためにも北へ行ってきます。

楳はお留守番。良い子でね。







引っ越しました。
んが、久々過ぎて戸建てに暮らすという事を甘く見ておった様です我々。
いざ引っ越してみたらば、新しい家には(あ、これは物理的に新しいという訳ではありません。物件自体は我々と同年代。お金をつぎ込んで上辺の大整形を果たしたものの薄目で見てあげてね、近寄ったらボロが出るから!な物件です)、電話線(つまりネット)もTVのアンテナも無かったのでありました。壁に「ささ、ココにどーぞ!」という差し込み口があるからって、ただそこに線を差し込んで、サクッと外界と繋がろうなんて幻想だった訳です。素敵なお部屋のアクセサリーって事もあるのです。或は身近に潜むトリックアート。何とも憎らしい演出にここ数年色々完備のぬるま湯生活が続いていたせいか、「ぺしっ」とビンタを食らって正気に返り、他にもポツポツ判明する「まさか」な事実に、その都度うへーうへー言わされててばかりの毎日。
とはいえ引っ越し前にとある方から頂いたDVDに収められていた木皿泉ご夫妻のドキュメントではないけれど、世間からほんの少しだけ隔離された「蚊帳の中」で暮らしている様な感覚が面白くもあり、いやつまりなんだかんだで「愛せる予感」がする家です。

さすがにネット関係は家人共々お仕事に支障をきたしているので、早急に対処しておりますが、完全開通は最短で3/5を予定しております。それまでは仮ながら今日からPCでのやり取りも出来る様になりました。関係者各位にはご迷惑おかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

荷解きも大方済んで(何しろネットもTVも無いので他にする事がなくて作業が進む進む)、衣食住に関してはかなり普通に出来る様になりました。それにしてもこういう昔なら当たり前だった生活というのは、何と夜の長い事か。かといってやる事もないし疲れ切っているせいもあり、10時くらいには布団に沈んでおります。
が、電気水道ガスは通っていて、雨風しのげる屋根があって、日当りも今から夏が恐ろしくなるほどに良く、そして楳がどんなに鳴こうとも気にならないペット可!!もうすぐ1年目をむかえようという震災の多大な被害を思えば全くもって贅沢すぎるほどの話です。

楳は環境の変化に戸惑っていたのも初日くらいで(早々に下り階段でこけて自分でビックリしていた)、食欲も旺盛で元気です。階段も大分スムースに上り下り出来る様になりました。(猫なのに...)



しかし四十路の引っ越しは体にくる事は間違い無し。こっからはあんまり焦らずゆっくりジワジワと家を作っていけたら良いな、て事で。






# by sakamotochiaki | 2012-02-26 17:41 | Trackback | Comments(0)
既に満身創痍感バリバリの坂本です。おはようございます。
一昨日の夜、引っ越し荷物で狭くなった部屋の中を移動する際、家具の角にぶつけた左足小指が地味ながら決してその手を緩めぬ痛たさだわ、イロイロ訳あってソファで寝てるわ、連日中腰作業だわ、一刻も早く不要となった大物家具を処分したい気持ちが焦り、引っ越しまでまだ数日あるというのにガス台も粗大ゴミに出してしまい(転居先には3口コンロ完備)「あ!料理出来ねーじゃん!」と気付いちゃうわ、まあ心身共に混沌としております。

楳もジワジワと侵食されるマイスペースに「ただならぬ事態」を感じ取っている模様。

でも隠れる場所が増えまくってちょっとテンション上がってる。

あともうちょっとの辛抱だ。





遅ればせながら1日に帰京しまして候。
そして何と東京を留守にしている間に新居も決定。「この東京の何処かで我々に住まれるのを待っている家」を見つけてくれたのは、1人東京の自宅に残り、水漏れに応戦中の家人でありました(涙)
様々な希望条件を考えるに、ほぼ諦めかけていた同じ杉並区内の、実年齢は我々と同い年リフォーム戸建て。「味」のある家とは言えないが、日当りは1階2階とも良く、我が家の予算にもピッタリ、そして何より念願のペット可!楳を保護してから3年目にして、ようやく長かったコソコソ生活のストレスから脱出出来る。楳にも好きなだけ伸び伸びしてもらえる。それが何より嬉しい。年末から移動続きの楳に、更に大移動を1つ乗り越えてもらわねばならないのは申し訳ないが、とにかく新しい家を気に入って貰えるよう頑張ろうと思う。

そんな訳で帰京するなりドカドカと引っ越し準備がスタート。驚いた事に(すでに他人事の様に言っちゃうが)水漏れ問題はいまだ解決しておらず、今日もバケツには着々と水が溜まっている有様。正直これはもうハンパないストレスだが、厄という厄は全てこの家に置き去りにして行く。大家との協議の結果、ある程度の補償をしてもらえる事にもなったし、とにかく今はこれ以上の災難に遭う事なく、無事に引っ越しを終える事が目標である。2月の私のキャッチコピーは「倒れるなら引っ越してから!前のめりに!」だ。



今帰省は過去最長滞在だったせいか実家でとてもリラックスしていた楳。


関係ないが帰京の際、私が利用した青い森鉄道。寒いなんて言ってられないよ東京。




前回の長期帰省で夜な夜なシコシコと作っていた楳消しゴムハンコ。また作るの事になるのか私。

明日から再び青森帰省するための荷造りが終わった。
今回も結構長期間となるので、前回の反省(寒さを警戒し過ぎインナーばかり持参して肝心の洋服のバリエーションが2パターンしかなかった...)を踏まえ、3パターンに増やしてみた。大して変わんないよ。

自宅の漏水問題は残念ながら進展無し。それどころか新たな漏水箇所が増えている。今回は楳を連れての1人1匹旅となるので、明日から漏水被害は家人1人が背負う事になる。家人まで体を壊さない事を祈るしかない。というのも実は数日前、突如深夜に激しい胃痛に襲われ、さらには吐き気もプラスされた(でも吐けないっていう嫌なタイプ)。
翌日なんとか病院へ行き、処方された痛み止め、吐き気止め、胃薬で今は何とか復調しているが(しかしいつもの1/3量しか食べられない...)、もー明らかにこの所のストレスによる胃腸炎としか思えない。私の体がヤワなのか、年末からの私を取り巻く状況が過酷なのか、もー全然わからない。とにかく「普通の生活」と「健康な体」というものの有り難みというものを、ひしひしと感じる1月。そんな1月ももう半分過ぎてしまっている。っていったいどーゆー事なんでしょうか神様!!もすこし優しくして!!

幸か不幸か、本来であれば週1回の注射治療中だった楳は、私不在中の年末「食欲減退」という生き物的には一番重要な部分に副作用が出てしまい、体重が急激に減少したので治療中止となっていたため、病院通いが無いならば東京を離れられるではないかという事で一緒にNO漏水の世界へ。
副作用はほぼ無いと言われていた薬ではあったが、楳には合わなかったという事なので仕方が無い。がしかし、一番弱い抗がん剤ですら副作用が出てしまったという事は、つまりもう楳に合う薬というのは無いに等しいという事だったりもする。そんな訳で、現在は注射をサプリメントに切り替えて免疫療法をお試し中である。注射をやめてすぐ、以前の食欲旺盛な楳に戻り、今は体重も元通り元気である。あとはサプリが効く様祈るばかり。祈ってばかり。

前回の帰省同様、今回もお仕事関係者各位には〆切を早めて頂いたり、ご迷惑をおかけしました。この場を借りてお詫びします。帰京は2月頭を予定しております。どうぞよろしくお願いいたします。

帰京したら本格的に新居探し、そして2月中に引っ越し敢行である。ここにきて大家さんのトンデモ内状が発覚し、もう水漏れ云々さておき、そんなテキトー大家の物件は一刻も早く引っ越したい!という気持ちである。情にはながされまいぞ。そしてこの東京の何処かに我々に住まれるのを待っている家を見つけ出すぞ。

今回の漏水で相当な精神的身体的ダメージを受けている我が家であるけれど、思い出すのは被災された方々の事。この程度で体を壊したり、もー何もかも嫌になって八つ当たりしてしまう時、「地震や津波で家やご家族を亡くすという事は、いったいどれほどの苦しみだろうか」と思う。そして自分を情けなく思う。だからこの程度は乗り越えられる。でなけりゃ申し訳が立たないではないか。



もうすぐやってくる楳の誕生日(...は知らないので保護した日)は青森で迎える事に。すっかり最近ラブラブの家人よスマヌ。