伝わる。伝わらない。

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それにしても紀香という人は徹底的に素が見えないのだった。そういう所をツッコミづらい雰囲気にしている部分、ある意味皇室っぽくはあるのだけれど、大阪出身なのに関西弁を話す時に漂う違和感とか、空港でのやけに前向きな笑顔(何?未来形て)とか、格差婚とか、ユニセフ活動(もっともらしい発言含め)とか、写真とか、どれをとっても何か裏がある、計算があると思って、ついつい見てしまう。それは私がはなからうがった見方をしているからかもしれないけれど、あの人の言葉はいつも整い過ぎていて、何も伝わってこない。生身である片鱗が見えない。少なくとも私には。

整い過ぎて一切合切嘘に聞こえる言葉より、支離滅裂だけれど「その人」が浮き出てくるものが好きだ。
例えば本当にその人が考えて綴った言葉はメールでもブログでも読み進める事が出来るけれど、そうじゃないもの(どこかで拾ってきた言葉だったり、散々手垢にまみれた言い回しだったり、誰かの指図によって書かれたものなど)は1行でわかってしまう。ぱっと目に飛び込む活字は同じなのに、これは不思議なもので、視覚というよりは嗅覚で嗅ぎ分けてしまう。さらに声に出したいニホンゴでも何でもないけれど、あえて音読してみるとこれまた歴然と「嘘」がわかってしまう。だから私はそういうブログはあえて音読しております。ほんっとに何言いたいんだかわからなすぎて、自分が何処か知らない異国の言語を読んでいる様な、よくわからない理系実験機器の取説か何かを読んでいる様な気分になって、途中からだんだん面白くなってくるのである。ああ底意地悪いこの性格!

メールなんかもそうで、長々と丁寧な言葉を並べて書かれていても、1つも言いたい事がわからないものがある。心がそこに無かったり、義務か何かで面倒くさがりつつ書いていたり、上手いこと書こうと思っていたりすると、そうなるのだろうか。そういう余計な事はしっかり伝わったりする。
自分でもそんなメールを書いている時がある。あー今、すんごいテキトーなメール送ったなー、とか、或いは、今からすんごいテキトーなメール送ります、と思いながら送ったりもする。
先方にバレているかもしれないし、バレていないかもしれない。バレてもいい相手だったり、お互いそういうもんだと割り切っている関係だったりもするかもしれない。
ともかく、文字って、言葉って、予想以上に伝わっちゃうし、または一切何も伝わってこないよなーというのを、最近よく思う訳である。

今日は五時半起床。相変わらずチマチマと版作り。結構作った。でもまだまだ足りない。
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小さい版は友達から大量に貰った給料袋に入れて保管。お勤め先で以前使っていたものが、銀行振り込み導入により不要となって破棄されかかったものをごっそり貰ってきたものらしい。それを私がさらにごっそり貰った。

この所、ベランダで洗濯物を干していると3センチほどの窓の隙間から、うめちゃんが外の匂いをプスプスと嗅ぐ事が多くなった。冬の間は後ずさりすらした窓際に、ふらふらと吸い寄せられて、外に出ることは無いものの、目を細めてうっとりと懐かしそうな顔をする。そういう顔を見ていると、何だか凄く切ない気分になる。
例えば記憶喪失の男と恋に落ちた女というカップルが居て、第二の人生を共に生きようと結婚し、つつましやかに幸せに暮らしていたものの、ふとしたキッカケで男の記憶が戻りそうになるのを、複雑な気持ちで見守っている女の様な気分である。男の記憶を取り戻させてあげたいけれど、だが今の生活が嫌になり、自分を捨てて元の場所に帰ってしまうんではなかろうか(たいていこういう場合、男には出来た妻と可愛い子供がいて、ずっと男の行方を捜し続けていたりするんである。当然男には本来の名前もある。)という不安。でもその方が男にとって、男の家族にとって、一番幸せなのも重々わかっている。そういう切なさ。
あ、うめちゃん女の子だったか〜。

冬は過酷なだけであっただろう外の世界も、この季節は猫にとってもたまらなく魅力的な季節なんだろう。大島弓子の漫画の中にあった「草むらを盲目の猫がこちらに向かって全力で走ってくる」場面を想像すると泣ける。タテにもヨコにも狭い家でゴメンよ、うめ。(でもテーブルの下が好き)
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しかし声だけは女の子とは言い難いうめだった。お一つクリックよろしう。
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by sakamotochiaki | 2009-03-26 13:33 | ◎こんな日々 | Comments(0)