沈殿と浮上

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沈殿と浮上を繰り返して今日。つくづくしつこい私である。スイマセン。

ようやくさっき、1人でYOUTUBEで動画を見始める。ようやく静かに涙が垂れ流れた。
訃報を知ってからこっち、ある方の日記に書かれていた様に、清志郎が亡くなったと同時に、私の中の衝撃と涙ごと、スカッと消えて無くなってしまった様な気分だった。

一番RCを聴いていた時、私は完全なる田舎の十代で、洋楽なんぞ殆ど耳に届かなかったので、私にとっては『カバーズ』が原曲そのものだった。反原発(その渦中の場所に住んでいながら)とか、発売中止という事態も、何だかよくわからないながらも、わからないなりに、「ロックだな!」と興奮したものだった。馬鹿丸出しであるが。

放課後、美術コースのアトリエで、私にRCを教えたMさんが、ハイテンションでよく歌っていたのを、ここ数日よく思い出す。

  どっかのヤマ師が 俺が死んでるって言ったってさ
  よく言うぜ あの野郎 よく言うぜ 
  あきれて物も言えない


私は当時から今でも『わかってもらえるさ』という曲が好きだった。と誰かに話しても、割といつも反応の弱い曲なのだけれど名曲だと思う。特に孤独だった訳でもなんでもないくせに、この曲を聴くと泣けるのだった。棚の奥底にある当時のカセットテープを発掘して聴かなければ。私のRCはカセットテープなのだ、やはり。

  この歌の良さが いつかきっと君にも
  わかってもらえるさ いつか そんな日になる
  ぼくら何も まちがってない もうすぐなんだ
  知らない友達って 沢山いるのさ 今は気づかないだけ
  街ですれちがっただけでわかるようになるよ



4日の密葬の際、、雨上がりでも何でもないのに、二重の虹がかかったそうである。さっき知った。昨年二月の完全復活武道館ライブの後、仲間と行った「さくら水産」で見えたのも、やはり虹だった。

これまでもこういう沈殿と浮上を繰り返して来たのだ。
これからも小さく大きく繰り返して生きていくのだろう。

『ヒッピーに捧ぐ』


『IMAGINE』


一日中飯催促の激しいうめちゃんも、清志郎の歌声に香箱座り。耳の肥えた猫だったのだね。

※写真は先日行った陶炎祭で撮った友達陶芸家の次男坊。いつの間にか裸のメッセンジャーと化していた。
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by sakamotochiaki | 2009-05-06 20:41 | ◎こんな日々 | Comments(0)