4年

c0138553_1937113.jpg

アベフトシの訃報に思わずエーーーーーーーーッと叫んでしまった。
何だかもう、何が何やらわからない。若くして亡くなる人が多すぎる。しかもイカした人ばかり。意表をつかれすぎて何の感情も沸いてこない。ご冥福をお祈りします。と書いても、何の実感も伴えない。ただショック。私と4歳しか違わない。


昨日から楳と2人(匹)生活。
楳は何だか行儀が良い。と言っても朝4時には起こされたものの、夜の睡眠時間がいつもより継続的だったので、私も割とじっくり眠る事が出来た。涼しいせいもあるか。これは楳も同じなんだろう。

毎晩私が寝床に行くと、間もなく後を追ってやって来て、所定の場所(楳用タオルケットの上。何でかそこからははみ出ようとしない律儀さ)で、一心不乱に毛繕いを始める楳だが、昨夜その様子をボーッと見ていたら、唐突に泣けてきた。
保護保護とはいうけれど、あの日楳を拾った事が本当に正しい事だったか。そこで息絶えてしまったとして、それは野良の世界では運命でもあっただろう。ある程度復調したら外に返してやるという選択肢もあった。そこでまた弱り果て野垂れ死んだかもしれないけれど、様々な仲間やオス猫と出会ったりして、子供を産んだりという未来もあったかもしれない。「これ以上可哀想な子を増やさないために」とかいうもっともらしい理由の元、そういう未来を断ってしまったのだ、私は。まあ、そんな事は楳は知らない訳だけれど。
確かに食べるものと寝る場所には困らないが、こんな狭い場所に閉じ込められて、言葉も通じない種類の生き物と一緒に暮らすのって何と不憫。「あの時死んでたかもしれないんだから、それよりマシ」とは単純に思えない様な気がした。それって完全にこちらサイドで作り上げた考えだものなあ。かと言って、今、楳を野に放つ事は私が出来ない訳で、それで凄くスイマセンという気分になったのだった。これ、「私という猫」を読んだからってのが大きい。お金で買った猫ではないから、余計にそう感じる。何にしても、これからずっと楳の野生としての生き方を奪ったという自覚は持ち続けようと思った。
c0138553_19372278.jpg


今日は皆既日食も見られず(積極的に見ようともしていなかったが)、雨が上がったのを見計らって新宿へ。
世界堂に行ってちょこちょこ買い物。その後、ムクムクと自分に下着を買ってやろうではないか!という気になって色々見て回ったものの、結局何も買えず。台湾の占い師に言われたラッキーカラーでバチッと揃えようと思ったのに。もう、何にでもすがるよ私は。

夜は1人飯につき残り物消化。半端に残っていた鶏ムネ肉をスライスして、柚胡椒を塗って魚グリルで焼いたものと半端ものサラダと半端パンと半端チーズ。半端なりに旨かった。

明日は版画工房。午前のみなので集中して頑張ろう。
人生もいい加減集中しなければ。あと4年で幕を閉じる準備など、これっぽっちも出来ていない。
c0138553_1947155.jpg




ブログランキングに参加中です。1クリックよろしくどうぞ。
[PR]
by sakamotochiaki | 2009-07-22 19:47 | ◎こんな日々 | Comments(2)
Commented by natsu_miyazawa at 2009-07-23 16:07
ちょうど10年前、エゾでみた阿部さんはびっくりするくらい
いい男でした....ご冥福をお祈りします。
うめっちとの生活、楽しんでニャ!
Commented by sakamotochiaki at 2009-07-23 16:37
ナツさん
あ、いいなあ。
私、唯一行った事のあるフジで、初ミッシェル観るはずが、
到着するなりテント設営して疲れ果ててそのまま寝ちゃって、
初日一発目だった彼らを見損ねたという大失態をやらかしたんでした。
テントの中で聴きつつ、ああ、体が動かない〜〜〜って。
その後解散。ホント、悔やまれる・・・。

というか、ナツさんこそフジでエネルギーチャージしてきて下さいねー!