もう9月って。

c0138553_111095.jpg

夕方風呂から上がった直後、ドーン!という揺れがきた。ジワジワ大きくなる横揺れタイプではなく、いきなり床が突き上げられるような縦揺れ。思わずワッと声が出て、居間にいた楳と目が合った。まんまるに見開いた目で「キターーーーーーーッ!」と叫んでいた...様に見えて余計に怖かった。そして当然風呂上がりの私はこれ以上無いほど無防備で、辛うじてパンツは履いていたものの、そんなもん無力なのだった。地震は震度3程度ですぐにおさまり、また「いつもの風呂上がり」は戻ってきたが、その後しばらく体に力が入らなかった。情けないほどに。もうすぐ半年経とうというのに、結局揺れが起こるとワ!ワ!とだけ言っていて、全然何にも出来ないもんだ。避難用荷物を持って外に飛び出すなど出来るはずもない。この時は楳を抱きかかえる事も出来なかった。色んな知識や不安やストレスを積み重ね始める前のあの日より余計に動けなくなっている。東京でこんな状況なのだから被災地ではさぞかし。
ヘナヘナとした体で「地震は訳がわからん!」と何処にぶつけて良いのかわからない苛々とした気持ちになった。映画『その街のこども』でサトエリが言っていた台詞そのまんまだな、と後で気付いた。



で、少し前に写真展を観に行った。
写真美術館で開催中の鬼海弘雄さんの『東京ポートレイト』、凄く凄く良かった。撮影年代が新旧織り交ぜて展示されているせいか、次々と登場する人々全ての時間の境界線が曖昧で、いきなり私の足下までもが緩む感覚に陥った。
それにしても「人」の凄さよ。面白さ、滑稽さ、切なさ、えげつなさ、微笑ましさ。写真がしつこいくらいに話しかけてくるものだから、観終えるのに随分時間がかかってしまったが、もう一回観に行きたいくらい。
映画『Peace』を観ても思った事だけれど、多くの人に注目されたり脚光を浴びたりという事が絶対にないだろう人だって(まあ、そんな人の方が多い訳だけれど)、世の中に「つまんない人」というのは一人もいない。写真や映画という手法で、作者の選定があり、フィルターを通したものを見せてもらっているとはいえ、皆それぞれの物語をガッチリと抱えていて、それを表す「顔」をしている。展示されていた写真の中には、ある程度年数をまたいだ同一人物の写真を対で見せている作品もあり、「なんか...凄く、凄く、大変だったんだね...!」と見ず知らずの人ながら胸が詰まったりもしてしまったのだが、15年とか20年先の自分の顔が、今の自分からいったいどういう変貌を遂げているのかと想像したら、ちょっと、いや大分恐ろしくなった。
こちらは10/2(日)までの開催。

その後、同美術館で開催されていた写真展2つ(「こどもの情景」「昭和史のかたち」)を観て青山に移動し、チロが亡くなった時ぶりにラットホールギャラリーの荒木経惟『彼岸』展を観る。チロ亡き後のバルコニーは以前にも増して様々な置物により賑やかで極彩色、それ故の底無しの空虚であった。小さいプリントのものは車内から撮影されたものが殆どで少しお体が心配。展示作品の中に私が大好きな西荻窪のとある家を撮影したものがあり驚いた。
こちらは9/25(日)まで。

と、ここで帰るはずが、たまたまTLでアウトドアユニットnoyamaメンバーでもある野川かさねさんの写真展がすぐ近くで開催されている事を知り、NOW IDeAへ。青山のマンションのバルコニーに立てられた山小屋という空間が面白かった。25日間かけて、およそ450マイルのコロラド川をボートで下った記録写真。本日2日はスライドショーもあるみたい。

なんだかんだで珍しく写真展を5つハシゴし、この夏めっきり体力が落ち気味だったので怖々ながらも恵比寿〜青山〜原宿と歩き通した。普段大嫌いな表参道を、木陰の恩恵が有難すぎて好きになってしまいそうなほど疲れたが、写真の力で体内の血を入れ替えた様な貴重な日だったので、この所、人としててんでダメなんであるが頑張って記録しといた。


おまけ。
昨日清澄白河で見かけた猫みたいなビルの割れ目。
c0138553_1113753.jpg


楳。時々空気を吸うために穴から出てくる生き物みたいだ。
c0138553_1123033.jpg

[PR]
by sakamotochiaki | 2011-09-02 11:09 | ◎こんな日々 | Comments(0)