中央線に暮らすこと

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私も世界はかくも狭い。
半分紙の山(FAX用紙、下書きしたコピー紙、レシート、何処からか届いたDM、雑誌などなど)に埋まっていて、マウスを動かす場所は大抵ライティングテーブルの上、しかしイラストを描くのもライティングテーブルの上であるので、作業時は禁断のキーボードの上に移動する。同様に紙の山はスキャナの上に。すると当然キーボードが使えなくなりスキャナは蓋が重くなる。使う時にはまた紙の山もマウスも元の場所に移動する。定住しない流浪の道具達。ジプシーな道具達。ペリーヌ物語な道具達。て書くとカッコいいけど(よかないか)、私の世界は狭い。いや、本当はそこそこ広い。
来年こそは整理整頓。←気持ちは毛筆で

そんなだらしのない私も生きてていいのかな、と思える角田光代さんのトークイベントに行ってきた。場所は西荻にある『こけし屋』http://www.kokeshiya.com/という古い洋菓子とフランス料理のお店の別館。テーマは『中央線に暮らすこと』。長年、荻窪界隈に住居と仕事場を持ち、著作の多くに中央線の街が登場する角田さんなので、私など比較にならない程の角田さんファンである友人からお誘いを受けた時は、ちょうど自分も中央線に返り咲いたという事もあり二つ返事で参加表明し、この日をそれはもう楽しみにしていた。

一部は、角田さんが何故中央線に暮らす事になったかという話から、主に西荻の素晴らしさを語り倒され、休憩をはさんだ後、二部は角田さんによる『ジュテーム』という短編小説の朗読(私は未読の作品だったけれど、ご本人の声で聴くというのがとても新鮮で良かった)、休憩時間中に集めた質問に角田さんが答えるというトータル二時間ほどの内容。

進行役は主催の西荻ブックマーク委員会の北尾トロさん。トロさんは私も馴染み深い『裏モノJAPAN』などでも長い事連載をされている方ですが、最近は裁判傍聴の本『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(鉄人社)が話題になっておられます。そしてやはり長い事西荻に暮らされていて、現在自宅は引っ越されたそうですが、仕事場はいまだに西荻にあるという、西荻を愛して止まないお二人のゆるーいながらもツボを押さえた西荻談義がなかなか面白かった。

実は以前から、横浜出身である角田さんが、どうして中央線に住む事になったのかというのが、私にとって謎というか、不思議というか、気になるポイントだった。
私の周囲に限った話かもしれないのだけれど、横浜出身の人って「横浜愛」が強い人が多い。例えば「あそこは陸の孤島だからねー」なんて苦々しい顔で言いながらも、なんだかんだで横浜が好き。実家を出て独立する時は東横線沿線とか田園都市線沿線に暮らしたりして、いつでも実家に帰る事が出来るルートを確保している。それは別に毎週末は実家に帰って洗濯を親にしてもらおうとか、親が心配だからとか、そういう親離れ出来ていない類いの人でもなくて、どちらかというと凄く自立した人だったりするのだけれど、何故だかだいたいその沿線に暮らし始める。(通勤通学に都合が良いという人もおりますが)
で数年後、結婚なんかすると横浜に舞戻ったり、あるいは「ゆくゆくは横浜に」と思っていたりするんですな。

まあ、これは自分の出身地に近い、或は繋がっている場所というのが何となく馴染みが良いというのもあるとは思うので、横浜に限った事ではないかもしれないけれど、それでもほんの少しだけ、他よりそういう意識が強く感じるのが横浜なのだった。
(話は少し逸れるけれど、出生地が横浜なだけで住んだ事も無いのに、頑に「横浜出身」て名乗る人もいたりする。これに関しては普通に意味が分からないが、ここでも横浜愛というか、目には見えない引力を感じる。)

で、そんな横浜の人々には、実際あまり縁がないという事もあるだろうけれど、「中央線に住もう」という発想自体があまり無い様で、たまに「こわい」とか「濃い」とか「あの雰囲気がちょっと」と言われたりもして、軽い拒絶を感じる事もある。私は祐天寺も学芸大学前も三茶も桜新町にも拒絶を感じる事はないというのに。
横浜と中央線て、地図で見るより結構遠いのかも。いつの頃からかそう感じる様になった。

そんな訳で角田さんの、私的には超レアなタイプである経緯(まあ、自発的というよりは消去法的な理由でしたが)を聴いて、勝手にスッキリして満足。
その後の西荻〜荻窪を行ったり来たりの引っ越し話や、よく行く肉屋、八百屋、飲み屋の話、売れなかったコバルト文庫作家時代の話、音楽の話(日本のミューシャンを聴く事が多くなるのは「歌詞が好きだから」という話に強く納得。ちなみに今一番ロックだと思うバンドはTHE BIRTHDAYだそうです。)、中央線以外で住みたかった場所が「下北沢」だったという点も、思わず「うんうんうんうんうん」と頷き、結局それは叶わないままながら「でももう下北沢に未練は無い」という所にも「そーそーそーそー」と目を細めたり。他にも色々、自分の気持ちを代弁されている様な瞬間があって、とても不思議な気分だった。

結局、ほぼ西荻界隈でしか暮らした事の無い角田さんが、「西荻の素晴らしさ」を語るというのもおかしな話ではあるのだけれど、つまりトークの途中、トロさんがツッコまれていた様に「あまりに比較対象が無さ過ぎる」訳で、確かにそういう意味では角田さんも何とも狭い世界で生活を送っている。実際、全てが西荻で済むんです、とも言っていた。
しかしだからこそ、その反動で、ポーンと一人で色々な国へ旅されるのかもしれないな、と思った。(ここが私との大き過ぎる違い)

最後にサイン会もあり、持参した『八日目の蝉』にしてもらいたかったのだけれど、会場で売られている書籍限定であった(がくーん)ため、『ドラママチ』を購入してサインを頂いた。私の名字(本名の方ね)が少し珍しく「ひょっとして○○さんの娘さんですか?」と思いがけない質問をされたせいで「へ?娘?へ?」と焦ってしまい、完全に挙動不審だったけれど、素敵な笑顔と申し訳ないくらいの低姿勢で対応してくれた。とても可愛らしい方だった。そして「一緒に飲んでみたい」欲求は益々募るのだった。

その後は一緒に行ったNさんと、仕事帰りの家人と合流して、角田さんが「夢の世界」と絶賛するプチゴールデン街にある『ハンサム食堂』で打ち上げて帰宅。
まだまだ未知の西荻なれど、俄然興味が沸いた日だった。
そして、やっぱり中央線に戻って来て本当に良かった。正しかった。と思えた日だった。

て、仕事でテンパリ中ながらこんなに長々書いてしまった!
私はアホか!!


こちらの写真は角田さんご推薦の飲屋街。
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以前通りかかった時、あまりに良い眺めだったので、私も思わず撮影していたのでした。ホント、素晴らしいエリアです。

西荻ブックマークのサイトで、早くも写真がアップされていました。
http://s1.shard.jp/nishiogi/nbm2.htm
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by sakamotochiaki | 2007-12-10 22:24 | ◎こんな日々 | Comments(0)