紙吹雪

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昨日の雪は、キセルの新譜『Magic Hour』発売の天からの祝福と勝手に思い込み、猛烈な寒さを何とかしのいだ私だった。
多少売り上げには影響してしまったかもしれないけれど、あんなにキセル日和な一日は無かった。(もちろん、新譜は素晴らしかった。揺るぎない姿勢はそのままに、しかし確実に進化している彼らは本当に眩しい。)

「天からの祝福」と言えば。
イタコであった私の祖母が亡くなったのは、私が大学2年の時、まさに冬の真っただ中で、その地域独特の風習なのか何なのか、納骨は親族など20人程でゾロゾロと雪道を歩いて墓まで向うというものだった。あの様な形式のものは、後にも先にも一度しか経験した事が無いので記憶が定かではないが、お骨の入った箱を先頭にして、そこから列の最後尾まで伸びる長い長い白いヒモ(状の布だったか?)を皆それぞれ掴み、さながら電車ごっこの様に、女性は大人でも子供でもやはり白い布を頭からほっかむりし、身籠だった従姉は腹帯の内側に鏡を忍び込ませて(これは何処もそうなんでしょうかね。不幸ごとが赤ん坊に及ばぬ様にはね除ける意味らしい)、皆うつむきがちにゾロゾロと歩いた。その様は、周りが雪で覆われているのと、喪服の黒と長いヒモとほっかむりの白と、その場の沈んだ空気感のせいか、何もかもがモノクロームの世界で、現実味の無い不思議な光景だった。

りんご畑を抜けた先にある、お世辞にも立派とは言えない淋しい墓地に到着するや、突風が吹き、それまで気配も見せなかった空から雪が降った。いや、もしかしたら周りにあった木々に積もっていた雪が風で舞い散ったのかもしれなかったけれど、横にいた母が「あばちゃ(津軽弁でお祖母ちゃんの意)が皆来たから喜んでいるんだ」と言った。

そんな光景が珍しくかったのか、埼玉から来て参列していた従兄が呑気にもその場面を写真に収めたりなんかしていたのだが、後日焼き上がったその写真をみたら、母の言葉もあながち外れていなかったかもしれないと思った。写真に写り込んだ雪の粒の大小1つ1つがまるで紙吹雪のように「三角」の形をして舞い散っていた。演歌歌手か何かの、リサイタルのラストを飾る見せ場の様にキラッキラしていて、「最期までやるなあ、お祖母ちゃん。自らなんと盛大な演出。」と感心したものだった。

そんな写真の事を思い出した。今も何処かにあるはずなんだけれどなあ。

と、書いている場合では無かった。ついつい昨日の雪×キセルで思い出してしまった。
しかし、今年は忙しくなる!!いや、既に忙しい!!
仕事諸々、さっきようやく片付いた。コミュ作って遊んでいる場合ではなかった。確定申告?忘れてた。いや忘れたい。心ある人に委ねたい。先ほど送られて来たbonobosメールニュースで知ったワンマンライブ(今回は全国津々浦々回るみたいですね)も、これはちと行かれないかもしれない程に忙しい。
しかも明日から帰省だよ。おいおい、それは巷ではオフと言うのではないのか。いや、帰省すると当たり前だが東京でやらねばならない事は全て出来ないよ。しかも今度は南は熊本だ。青森もどっちも遠すぎるんだ。何でもキュッと短縮するのが得意な日本だけれど、地理だけはどうにもなりません。飛行機も何年ぶりだろう。軽く怖いのだった。

週明けには帰京予定。さあ、荷造りじゃ。
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by sakamotochiaki | 2008-01-24 22:45 | ◎こんな日々 | Comments(0)