すくいきれない休日

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帰省先から戻り、久々の、と言ってもたかだか4日ぶりのパソコン使い放題生活に浮かれて、二日連続寝不足であるにも関わらず、今朝も7時前に自然起床してしまった。

youtubeで、山田美容室の山田さんに「今さら見たら面白かった」と勧められた『フォークダンスDE成子坂』のネタを、私も今さらぶっ続けで鑑賞。なんで「今さら」かといえば、ツッコミ担当であった村田渚は2006年に突然若くして亡くなっているからである。当時そのニュースを見て、彼らが解散していた事を知ったくらい、私としてはあまり興味の無いコンビだった。というのは、私はボケの桶田啓太郎が「男前」であるのが、どうも気に入らず、というか、お笑いという手段が無くとも、元々モテそうな芸人が苦手なのだ。「モテなくてモテなくて、もーどーしよーもなくて、モテたさのあまり必死に身につけた話術」を持った芸人の方が好き。しかしその後、久々に見た桶田に若ハゲの予兆をビシビシと感じた時、世間的には下降したかもしれない成子坂株が私の中では少し盛り返したものの(何様)、そのまま彼らのネタを見る機会は無かった。元々コントがそんなに好きじゃないというのもあるかもしれないけれど。
で、ネタはなるほどシュール。でも、本当に今さらだけれど、こうやってまとめて映像を見れちゃったりとかすると、桶田の実に細かくしつこくボケ倒す様は面白かった。劇団健康なんかを思い出しました。
一番面白かったのはコレでしょうか↓
http://jp.youtube.com/watch?v=h9TMnt5aEW8&eurl=http://mixi.jp/view_diary.pl?id=839488504&owner_id=205646

さて、そんなyoutube三昧している場合ではなかったのだった。
明日から我が家のベランダに防水修復工事が入るとかで、ベランダに置いてあるものを整理しなければならなかった。物を除けながらの作業になるので、一週間かかってしまうかもしれないらしい。しかも晴天の日を狙ってやらねばならないらしい。何で住む前にやってくれんかなあ。何で梅雨時期にやるかなあ。

で、洗濯機や物置は良しとして、問題はメダカ鉢3つ。これを業者にいちいちチャッポンチャッポンと動かされるのも嫌なので、思いきって鉢の清掃を兼ねて、メダカ一族三世帯には一時仮住まい(屋内飼育)してもらう事に。殆ど人間の家の立て替え状態。炎天下、紫外線シャットアウトな風体(帽子+首タオル)で、メダカを一匹一匹捕獲してバケツに移し替え。 突然の空からやって来た恐怖の大王(私)に命の危険を察知したのか、バケツに移動後メスが卵産みまくり。生命の神秘やね。

と、初代のメダカ4匹中2匹がいない。確か帰省前は居たはずなのにと不思議に思って辺りを見たら、メダカ鉢の横にカラッカラに乾涸びミイラ化した一匹(投身自殺か?)と、鉢底の土に混じってふやけ死んでいる一匹を発見。ショック。さらに2代目一家をすくいきったつもりで、残りの水を捨てようとしたら、うっかり見逃していた一匹を排水溝に一緒に流してしまった。ああああああ。流れていくメダカ映像は、まるでスローモーションを見ている様だったのに、ああいう時、全然動けないもんですね。南無三。←高校時代の恩師が、蚊などの害虫を退治する時によくこう言っていた。

そんな訳で朝から凹んだが、気分を上げるべく大江戸骨董市へ。
出店していた料理教室友のチエちゃんのお店『みずたま雑貨店』(http://tabitozakka.blog98.fc2.com/)でアルミのスプーンとコップを買う。他のお店でもお菓子屋さんで使われていたという持ち手のアールが可愛い木製の柄杓(?)を購入。
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気づいたら全て「すくう」道具。よっぽどメダカを流してしまった事を悔いていたのか私よ。

その後、表参道にて陶芸家・高橋朋子さんと藍染め作家の梅崎由起子さんの『涼風展』へ。長い友人同士の様なマッチングぶり。淡い青色で構成された展示は、本当に涼風が吹いている様でした。シャボンの泡で柄を付けたという小鉢を購入。
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よく見ると、本当に泡の模様。
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シンプルで何にでも使えそうなので、これから活躍してくれるでしょう。 こちらは明日まで開催。(http://www.torindo.co.jp)

さて、メダカを排水溝に流した身でなんだけれど。
帰省の往路の新幹線で森達也さんの『いのちの食べ方』を一気に読んだ。で、実家滞在中も読み、帰りの新幹線でも読んだ。まあ、他に読む本が無かったというのもあるけれど、久々に色々考えさせられる本だった。「食」という切り口で、様々な差別や偏見などの問題提起しているのだけれど、書きようによっては難解すぎたり、説教臭くなりそうであるのに、誰でも読みやすい書き方をされていて、本当にいい本だった。何しろ森さんに妙な片寄りを感じないのが良かった。余計に胸に響くものがあった。

少し前の日記で秋葉原の事件の容疑者について「自分の人生が上手くいくもいかないも、全て自分のせいだというのに」という書き方をしたのだけれど、あれ撤回。何だそりゃだけれど、この本を読み、自分の人生が、自分が生まれる前から、訳のわからない、根拠の無い偏見と差別から、決められてしまっている人もいるのだと知った。いや元々知ってはいたけれど、それは知識として表面的な部分で知っていただけで、そこでそれ以上考える事をやめていた。これは森さんが一貫して訴えておられる「思考の停止」だ。まさに痛い所を真っすぐ突いてくる本だった。
自分の人生が、生まれる前から、曖昧なのに抗えない何かによって決められている。目には見えない窮屈な場所に閉じ込められて、上を見た所で邪魔っけな低い天井がある。もちろん、それは本当におかしな話で、馬鹿げていると思うけれど、現実にそういう事はあり、そういう立場に置かれている人に対して「自分のせいだろ」とは言えない。
まあ、秋葉原の容疑者はまた別問題で、複雑であるけれど、一緒くたな書き方をしてしまった様な気がしたので、ここで訂正。


あ、今日も版画一個。 埋葬気分で。
タイトル『深く掘る。そして埋める。』
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by sakamotochiaki | 2008-06-15 18:59 | ◎こんな日々 | Comments(0)