ひどく暑くて、空は青かった。

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赤塚先生のお焼香に行って来ました。

以前も何処かで書きましたが、私はどちらかといえば、どっぷりと赤塚作品に浸かった世代では無いし、漫画雑誌でというよりはアニメに馴染みが深く、物心ついた時には既に、赤塚先生といえば『欽ちゃんの仮装大賞』で馬鹿馬鹿しい仮装をした審査員であり、いつも赤ら顔でろれつも回らない酔っぱらいのオッサンという印象でありました。
それでも私の、というか私世代の人ならば何かしら、その体の何処かに、何度も分解、消化を繰り返しても確実に赤塚先生の成分が残っている、そんな自覚が何故だかあるのではないでしょうか。それは実に凄い事だなあと、改めて思います。

たまたま一昨年、長年赤塚先生の担当編集者であった武居記者こと武居俊樹さんの『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』という本を古本屋で手に入れ、そこに記された男臭さが充満するエピソードの一つ一つ、私の知らない少年漫画雑誌の熱い時代に魅了され、その女人介入不可の馬鹿馬鹿しくも崇高な世界は、歯ぎしりして身悶えてしまう程のカッコ良さでした。

そして実際に聞けるとは思っていませんでしたが、タモリさんが弔辞を読まれるという事も、今日足を運んだ大きな理由でした。
どっぷり浸かったという意味では、私はタモリさん世代であると思います。そのタモリさんを見つけ出した人、赤塚先生にお礼とお別れを言いたいという様な気持ちも、何となくあったのだと思います。お焼香を終え、その場を去り難くウロウロしている時に、会場の入り口脇にあったスピーカーから聞こえたタモリさんの言葉は、終始とても淡々としていて、一言一言がはっきりと淀みなく、何処か自分が居る場所とは次元の違う所で語られている様な感覚を覚えました。
既にメディアでも流れていましたが、最後の「私も、数多くのあなたの作品の1つです」という言葉は、もうこれ以上のものはないだろうという素晴らしい言葉で、ぶああと泣けました。お二人がどれだけ深い繋がりであったのか、自分の人生において、そういう相手を失うという事の辛さを思い、そしてそれは全く計り知れませんでした。

赤塚先生のご冥福をお祈りします。

朝からご一緒してくれたコゲ、有り難う。
夕方コゲとバトンタッチするように合流した直ちゃんと、阿佐ヶ谷七夕祭を冷やかして、オトノハでディナー。歩き食べの果てに行ったので(無謀)、あまり沢山食べられませんでしたが、水餃子、あんかけ高菜チャーハン、美味しゅうございました。
何だか長い一日で、とても印象深い日となりました。
しかし、ひどく暑くて、空はやけに青かったなあ。


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by sakamotochiaki | 2008-08-08 01:31 | ◎こんな日々 | Comments(0)