カテゴリ:◎こんな日々( 523 )

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例年に増して「終わっちゃう」感をまといつつ9月が過ぎ去ろうとしている。ああ、こんな事ならもっと9月を愛してあげれば良かったなーと思うが、もう遅いねや...(さんま)。
10月からは懐かしくも新しい生活もスタートする。不安は無いではないが、色々考えた結果決めたこと。もしもあの震災が無かったら、こういう展開も無かったかもしれないけれど、周りも私の気持ちも以前とはやはり変わってしまった。とりあえず前向きに気負わず行こう。行くしかない。わらじが4足くらいに増えるけど。

前の日記に書いた土の記憶さんで取り扱って頂いている紙版画が思いの外良い反応を頂いている様で、まことに有り難い限りです。
元来ネガティブ思考故、追加要請を頂くまで見事にボンヤリしており、ここ数日でエイヤー!と新作を刷りました。ので、明日追加納品に行ってきます。
土の記憶さんでは10/1から原田晴子さんの個展が始まります。寅印さんのお菓子もあるし、今から楽しみです。

そうそう、10月は楳の術後1年検診もあるのだった。
あの大変な手術からもう1年、と思うとしみじみしてしまう。相変わらずガラスの心を持った猫だけれど(何のストレスかおでことほっぺの小さい円形脱毛が治りません...泣)、どうか無事に検査をクリア出来ます様に。
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マウス絵は夜中に私を起こしてカリカリを催促する楳に誘導されるの図。寝ぼけてヨロヨロしている私に「さあ、コレにつかまって!」と言わんばかりのピンと立った尻尾にホントにつかまって行くのだけれど、専用のお皿にはまだ十分にカリカリが残っていて、楳は何事もなかった様にそれを食べ始めるのであった。ザ・起こされ損。
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毎年恒例のカレンダー作業に励んでおります。ひたすら切って折ってまた切って貼って折って。
元来の内職気質がこういう時生かされるというか、殆ど禅の様。無です無。あ、噓です。もー妄想タイムにゃうってつけだった。とにかく毎年(作り始めてかれこれ17〜8年目?!全部持ってる人、エライ!)ヒーヒー言いながらも私には貴重な時間なんだろうな。

例年とは少し体裁を変えた事で「ここ、こうしてみたーい」という自己満足作業も増え、腕だるんだるんになりながらもスゲー楽しーです。脳内麻薬バンバン出てそう。
自己満足作業その1。
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この写真をtwitterにアップしたら「砂漠に見えた」と友人に言われた...確かに。
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自己満足作業その2・面取り。一個一個手作業なので形が揃わないのはご愛嬌。
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もうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、来年のカレンダーはちとこれまでとはモチーフが違います。満を持して(?)という感じか。ま、これも自己満足です。すみません。

そろそろ冬毛仕度楳。
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そうそう。11月の三人展のDM写真撮影を昨日終了しました。
撮ったその場でパソコンで見て、つつがなく過ぎるほどの過去最速1時間半で終了。びっくらこいた。わずかなキーワードのみで制作された3人の作品を初めて合わせた訳ですが、微妙にシンクロしていてこれまた驚き。まあ、今という時間と空気の中に居て、何かを制作するということによるものかもしれないなあと思ったり。

そんな訳でいよいよ尻に火がつきました。
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3日くらい前に朝起きたら喉が痛かった。どうも体を冷やしたらしい。
嫌な予感がするなあと思っていたら、やはり翌日から声が出にくくなってしまった。いや、正確に言えば、翌日高円寺の「ビアテラス」なるイベントに出向き、午前中から色んなビールを呑み、そのまま場所を変えてワインを呑み、夕方ほろ酔いで家に帰る途中、週末のみ営業している八百屋『山森農園』にて「茄子下さい、あ、ピーマンも」とか言っていたらどんどん声が枯れて来て、夜には殆ど出なくなってしまったのだった。接客途中の客の声がどんどん出なくなって行く様を間近で見ていた店のKさん、結構不気味だったろうな。大島弓子の「つるばらつるばら」で主人公の父親が、息子がゲイであるという事実を目の当たりにし、あっという間に白髪になっていくその様を目撃した、たまたまバスで乗り合わせた乗客みたいか。ってわかりづらいよ。

で、そうこうしているうちに咳も出始め喉絶不調コースを着々と歩む事となったのだが、それ以外の部分は好調なので、迷いつつも昨日の明治公園「さよなら原発」デモ集会とパレードに参加してきた。いやー凄い人だった。と書くくらいじゃ足りないほど人の数だった。喉がそんな調子だったので声出しは遠慮させて頂いて、とマスク着用参加だったのだが、せっかくだからと声の代わりにマジックで「NO NUKES」と描いてみたら、まービックリするくらい色んな人(プロアマ問わず)に写真を撮られた。デモとマスクってわかりやすくてキャッチーな画なんだろうけれど、なんか安易だよなー...て、そんな画を提供したのは自分なんだが(しかも結局声を出しちゃっていたし、あんまり意味が無かった...)。

最後にスピーチされた武藤類子さん(ハイロアクション福島原発40年実行委員会)の言葉がずっしりと重たい。



今日も相変わらず声は出ないが咳は出る。
天気も天気なので、一日引きこもって来年のカレンダー作業に没頭。過去最速で入稿して仕上がってきたものを、ひたすら切ったり折ったり貼ったり...とやっていたら例年以上の手作業行程の多さに目眩。とはいえ何も考えずに黙々とやる作業は結構楽しいんだけどさ。仕上がりもなかなか素朴でカワイイ...と思います。11月の三人展や企画展で販売予定です。詳細はまた後ほど。
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来年のカレンダー作業をしつつも、「来年」というものにまだ何の実感も無いのが正直なところ。2011年という年の「欠落感」はもうなかなか埋められる事はないだろうから、少しずつ頭と体を慣れさせていくしかないか。いきなり2012年に飛び込んだら心臓麻痺起こしそうだし。

明日も一日黙々と作業して、明後日はいよいよ11月の3人展のDM撮影日。せめて声がもう少し出てますように。
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久しぶりにデモに参加してきます。
毎回、色んな物事を体感し、葛藤しながら歩く訳だけれど、その葛藤がこの先100%吹っ切れる事などあるとは思わない。ならばとにかく歩こうと思います。身勝手を承知で。お金も力も無いが、時間と体だけは有り余っている自分の様な人間にも出来る事。「普通」を取り戻した東京の街の風景に「異物」として存在し続けるという事にもデモの意味はあるのではないか。
半年前の今日起こった事、亡くなった方々、いまだ行方不明の方々、大切な家や家族、故郷を失った方々、復興と原発事故の収束に携わる全ての方々の事を思って歩きます。
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かかってくるはずの電話を待っている間にマウス絵描けた。
あー首ヤラれた。と思っていたら、前回も同じ事を言っていたらしい事が判明。進歩のない我。
帰ってきた汗まみれのスターは、彼が生き続けるべき場所で、キラッキラと輝いていた。全盛期の様なハイキックを決める事も、高い高いファルセットを響かせる事も無いけれど、それがどうした。等しく歳を重ね、そこにいた我々の中で、あんなに今の自分の「本気」を期待以上の形で生々しく見せつけられる人がいるだろうか。否!(といいつつ、実際はとにかく期待しすぎない様に自分に言い聞かせていた。前評判が良過ぎたので余計に)。何にせよ、あの年齢であんなに歌って踊れるつーのはとにかく驚異でしかない。(あとは郷ひろみくらいだが、ヒト科にカウントするには抵抗がある)

やっぱり凄いよ!岡村ちゃん!

再びライブに行く事を迷いに迷って、津軽の墓参り途中の車内から、長年岡村ちゃん好き同士で、同志でもある美容師の山田さんにダメ元でメールして良かった。その日のうちにチケット発券まで完了していた山田さん、本当にありがとう。岡村ちゃんにまた会えて嬉しかった。本当に。

イラストはライブが終わった後、電光掲示板の上の方に輝いていた月。





昨日一番印象深かったデビュー曲。

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湯船本シリーズをもう何周もしてしまい、さすがに飽いたので、昨夜は家の本棚で見つけた(家人が随分前に古本で買っていたらしい)「荒木経惟の写真術」(1998)を何となく持ち込んだ。ら、これがとても面白かった。古い本なので「今」との落差は無いでは無いが(BIGminiとか懐かしい名詞も出てくる)、さらに写真、カメラに関して知識も無い訳だが、今の私にとっては名言だらけで一気に読み終えた。で、twitterにも書いたけれどしつこくこちらにも書いてしまう。
ホンマタカシ氏との対談の中で、長続きする秘訣(「絶えず新鮮な気持ちでいればいいって事ですか?」という問い)に関して、
「もう新鮮はこの世にないから(笑)でもいろいろなものとか人とかに関わってると、みんな考えている事とか感じてることとか自分とは違うから、それを排除しないで受け入れていけば、ずっと続いちゃうじゃない。だから、どんなカメラとも、どんなブスな女とも付き合ったほうがいいの(笑)」
この所、モヤモヤとしていた気持ちが晴れた気がする。もう新鮮はこの世にはない。ああ良かった。これで一歩進めるかもしれない。



おまけ。ここ最近の写真。
紙版で茶碗をたくさん。
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ベランダは生き急ぐゴーヤばかり。
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この夏はいったいどれだけの麺(主に「ぶっかけ」で)を消費したやら。
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ある日の夕飯で少しだけ食べ残ったポテサラを
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後日豆腐と混ぜて蒸してあんかけにしたら旨かった。
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楳は足の間に何かを挟んで寝る(この時は自分の尻尾)。
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最近は家人への態度(目つき、鳴き声共に乙女になる)と私への態度に差がある。さすが雌猫。
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ブラッシングはもうやめれ!と怒られた。
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もう秋だ。
今日は搬出。明日は胃カメラ。明後日は岡村ちゃん。


追記。
「新鮮」の反対語は何だろう。と調べてみた。一番ピンときたのは「陳腐」。古くさいこと。ありふれていて、つまらないこと。また、そのさま。うん、陳腐は大事だ。
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夕方風呂から上がった直後、ドーン!という揺れがきた。ジワジワ大きくなる横揺れタイプではなく、いきなり床が突き上げられるような縦揺れ。思わずワッと声が出て、居間にいた楳と目が合った。まんまるに見開いた目で「キターーーーーーーッ!」と叫んでいた...様に見えて余計に怖かった。そして当然風呂上がりの私はこれ以上無いほど無防備で、辛うじてパンツは履いていたものの、そんなもん無力なのだった。地震は震度3程度ですぐにおさまり、また「いつもの風呂上がり」は戻ってきたが、その後しばらく体に力が入らなかった。情けないほどに。もうすぐ半年経とうというのに、結局揺れが起こるとワ!ワ!とだけ言っていて、全然何にも出来ないもんだ。避難用荷物を持って外に飛び出すなど出来るはずもない。この時は楳を抱きかかえる事も出来なかった。色んな知識や不安やストレスを積み重ね始める前のあの日より余計に動けなくなっている。東京でこんな状況なのだから被災地ではさぞかし。
ヘナヘナとした体で「地震は訳がわからん!」と何処にぶつけて良いのかわからない苛々とした気持ちになった。映画『その街のこども』でサトエリが言っていた台詞そのまんまだな、と後で気付いた。



で、少し前に写真展を観に行った。
写真美術館で開催中の鬼海弘雄さんの『東京ポートレイト』、凄く凄く良かった。撮影年代が新旧織り交ぜて展示されているせいか、次々と登場する人々全ての時間の境界線が曖昧で、いきなり私の足下までもが緩む感覚に陥った。
それにしても「人」の凄さよ。面白さ、滑稽さ、切なさ、えげつなさ、微笑ましさ。写真がしつこいくらいに話しかけてくるものだから、観終えるのに随分時間がかかってしまったが、もう一回観に行きたいくらい。
映画『Peace』を観ても思った事だけれど、多くの人に注目されたり脚光を浴びたりという事が絶対にないだろう人だって(まあ、そんな人の方が多い訳だけれど)、世の中に「つまんない人」というのは一人もいない。写真や映画という手法で、作者の選定があり、フィルターを通したものを見せてもらっているとはいえ、皆それぞれの物語をガッチリと抱えていて、それを表す「顔」をしている。展示されていた写真の中には、ある程度年数をまたいだ同一人物の写真を対で見せている作品もあり、「なんか...凄く、凄く、大変だったんだね...!」と見ず知らずの人ながら胸が詰まったりもしてしまったのだが、15年とか20年先の自分の顔が、今の自分からいったいどういう変貌を遂げているのかと想像したら、ちょっと、いや大分恐ろしくなった。
こちらは10/2(日)までの開催。

その後、同美術館で開催されていた写真展2つ(「こどもの情景」「昭和史のかたち」)を観て青山に移動し、チロが亡くなった時ぶりにラットホールギャラリーの荒木経惟『彼岸』展を観る。チロ亡き後のバルコニーは以前にも増して様々な置物により賑やかで極彩色、それ故の底無しの空虚であった。小さいプリントのものは車内から撮影されたものが殆どで少しお体が心配。展示作品の中に私が大好きな西荻窪のとある家を撮影したものがあり驚いた。
こちらは9/25(日)まで。

と、ここで帰るはずが、たまたまTLでアウトドアユニットnoyamaメンバーでもある野川かさねさんの写真展がすぐ近くで開催されている事を知り、NOW IDeAへ。青山のマンションのバルコニーに立てられた山小屋という空間が面白かった。25日間かけて、およそ450マイルのコロラド川をボートで下った記録写真。本日2日はスライドショーもあるみたい。

なんだかんだで珍しく写真展を5つハシゴし、この夏めっきり体力が落ち気味だったので怖々ながらも恵比寿〜青山〜原宿と歩き通した。普段大嫌いな表参道を、木陰の恩恵が有難すぎて好きになってしまいそうなほど疲れたが、写真の力で体内の血を入れ替えた様な貴重な日だったので、この所、人としててんでダメなんであるが頑張って記録しといた。


おまけ。
昨日清澄白河で見かけた猫みたいなビルの割れ目。
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楳。時々空気を吸うために穴から出てくる生き物みたいだ。
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何年ぶりかにお盆帰省をした。
毎年正月帰省するのが経済的にも時間的にもやっとという感じだったので、久々の夏の青森であった。25年ぶりの中学のクラス会が催されるというのも帰省を決めた理由だったけれど、震災以降色々な事があり、今まで以上に自分の故郷というものを意識する様になった。そうならざるを得なかった、が正しい。帰りたくても帰る家が無くなってしまった多くの人がいる。また、家はそっくりそのままそこにあるのに帰れない人も沢山いる。そういう状況を見ていたら、無理をしてでも帰らねばと思った。親も家も風景も永遠にそこにあるものではない。ある日突然に抗えない何かによって無くなりうるもの。そして今回は本当に色んな人に会って、それぞれが生きてきた年月を物語る顔をしていて、例えばそれが何かに取り上げられて脚光を浴びるなんて事は決して無いけれど、1人1人物語があるという「当たり前」に感じ入った。そんな事わかっているつもりだったけれど、全然わかっていなかった。

実家に到着するなりきみ(トウモロコシ)と漬け物にありつく。
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楳は広い家(今回で実家に来るのは4回目だったか)を探検しまくっていた。
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帰省直前に35年間実家で活躍し続けたオーブンレンジがご臨終となり、新品と交換されていった。このオーブンで母に随分沢山お菓子を焼いてもらった。
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母が使っていた「かぎ編み」の手さげは母の処女作で何と50年ものでバリバリ現役。
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今が旬のホヤ。
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味付けはホヤのエキスと塩、水のみ。
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イカも新鮮なので、ワタを溶いたお醤油で頂く。
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先月の天草帰省でもそうだったけれど、田舎では朝ご飯の量が凄い。
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地元スーパー内のフードコート(ってほどではないか)の壁画がいつ見ても凄い。でもこれが三沢。
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幼馴染みんちのおじさん。車屋の社長です。この前日に会った時はお通夜に行く前でバッチリスーツでカッコ良かった。いや、このスタイルも大好きです。
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津軽へ墓参りに向かう途中休憩。
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八甲田連峰。
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母方のお墓の前にあるりんご畑。もう袋がかぶされていた。
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父方のお墓のある車力村にはまだ茅葺きが沢山ある。
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毎年父方の親戚宅に皆で集まって墓参りと大宴会。青森のお赤飯は甘いのよ。
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これが食べたかった七面鳥汁!!
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これも食べたかった毛豆!!(枝についたまま食べるのが津軽流)
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3日前から料理を仕込んでくれたという父の従兄のおじさん。愛犬とブチューブチューしまくっていた。
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おじさんの七面鳥小屋。
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おじさんの作業小屋。
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墓参りついでに父の同級生のお宅を回るのも恒例行事なのだが、その1人である運吉さんの秘密基地(いや桃源郷か壮大なビオトーブか)にも連れて行って頂いた。いやはやこれが今帰省における一番のヒットであった。
奥さんの軽トラにくっついて道無き道を車を走らせると、山の中にぽっかりと広がる謎の空間、脇にはこのオンボロバス。これが運吉さんの寝床である。よく見ると煙突付き。中に薪ストーブをカスタマイズしてある。
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中身。TOKYO STYLEではありません。これぞ男の城!!超ワクワク!!家人は「コレが走り出してどこでも行けたら最高!子供の時の夢!」と言っていたが確かに!初めて見に来た我が両親も大ウケしていた。
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運吉さんの本業は農業で、当然立派なご自宅もお持ちであるが、フラッとこの場所にやってきては、昼寝をしたり、家から採れたて新鮮卵を拝借してきて、バス内のキッチンで作ったゆで卵をアテにビールを飲んだりしているのが最高なんだとか。「書斎」ひとつ持てない世のお父さん方に見せてやりたい訳である。

トムソーヤ魂健在の運吉さん(左)と父。同級生(75歳)とは思えないほど、若々しい運吉さん。父が座っている椅子も運吉カスタマイズ(肘おきは切り株)!
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素晴らしい配色の資材小屋も運吉さんによるもの。
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超露天風呂もあるし、洗濯機もあるの。でも水は赤水(鉄が交じっている?)から飲用不可。
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目の前の沼。ここにも色んな魚を放流して勝手にビオトーブ。
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白鷺もやってくる、とかなんとか話しながら、おもむろに運吉さんが沼からザバーッ!と何やら引き上げたと思ったら自家製のメロンだった。「3日前にぶん投げといた」というキンキンに冷えたメロンを皆でかぶり付いた。自慢の自家製ゆで卵も何もかも旨かった。

そこら中に山盛りになっている木は全て自ら切り出し、これから薪にする。
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何処ぞから集めてきたという山と積まれた帆立の貝殻は粉砕して敷地内の道という道に敷き詰める予定なんだとか。白い道が出来上がった頃、またお邪魔したい。
運吉さんも凄いけれど、それを笑って放っておいている奥さんも本当に素晴らしいのであった。お土産に沢山頂いた野菜。夕顔、メロン、かぼちゃ...これ以外にも沢山。
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帰り道、ずっと見えなかった岩木山が見えた。
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まだまだ続きます。
こちらクラス会のために急きょ作ったしおり。なんと頼まれたのが帰省2日前。滅多にしないがほぼ徹夜状態で仕上げた(笑)
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1次会は地元のそこそこ大きな会場。当時の恩師含む30名ほどが出席。皆変わってなかったなあ。
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皆の顔を見るなり名前を呼んだ恩師は、当時の写真を沢山持ってきてくれた。
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同級生が持ってきた文集の中で漫画を描く中学生の私とか、
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私が描いたらしい(記憶なし)3年7組のページとか、
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悲鳴ものの懐かしさの寄せ書き帳とか、
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幹事の心配をよそに勝手に皆で盛り上がり、結局3次会まで大騒ぎであった。
4次会の同級生のお店に向かう途中(結局お店が終わってて解散)。三沢米軍基地ゲート前。
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クラス会というもの自体初めて参加したのだけれど、これまでその意味がさっぱりわからなかったものの、なんつーかとても価値のあるものだった。やっとわかった気がした。同じ年に生まれて、たまたま数年を共に過ごしたというだけで、そこには確かに何か、切っても切れないものがあるんだ。記憶の補完がしあえちゃうってだけで凄いぜこれは。

散々飲んだのに二日酔い無しで、ドライブがてら訪れた寺山修司記念館前におなじみのポーズ。
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おなじみのフレーズ。でも何だかいつもより重たく感じた。
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夜は町内で盆踊り大会があった。ちょっと出来過ぎな夏休み。
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涼しい夜風と虫の鳴き声を聴き入っている様に見える。
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帰京の日はようやく雨が降った。青い森鉄道の窓から見える私の街よ、またね。
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そして楳は本当に道中良い子であった。お疲れさま。
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道中は笑っちゃうくらい時間がかかるが、3泊4日、あっちゅー間であった。
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熊本から天草までの道中、松島というあたりにある絶景カフェ。
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メタリックキビナゴ!
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甥っ子と義父と一緒に自家菜園で収穫。
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トンボを捕まえたはいいが、直接は触れずにいた甥っ子。
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田舎の昼飯は素麺と相場が決まっている。
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スーパーにて。
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家人が子供の頃「タイムトンネル」と呼んでいたという抜け道。30年以上無くならずに今もあるというのが一番凄い。
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ベスト・オブ・小屋。
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ぶた和えという郷土料理を義母が作ってくれた。ぶたと言っても豚肉は入っていない。蛸と茄子を甘辛味噌鯵で炒めたもの。肉の手に入らなかった時代に蛸で代用していたのでは?という話。すんごく美味しかった!
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おじさんと連弾。
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ピンボケるくらい喜んだ馬刺。
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天草〜熊本間にある有明海の干潟。延々と続いている。
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熊本交通センター前。
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3泊4日ぶりに再会した楳。超人見知りで不躾な猫を愛情を持ってお世話して下さったN家の皆様、本当に有り難うございました!!
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帰省前に仕上げなければならなかった色々を終えたので、映画『Peace』を観るために夫婦でイメージフォーラムへ。

見かけるレビューや予告編などから、あの『選挙』、『精神』の想田和弘監督が今度は猫映画?!と驚かれている方もおられるかもしれない。確かに猫(悶絶級にブサカワイイ)は沢山登場するし、猫好きの私的には実際ヨダレものの場面は多々あれど、これはれっきとした「人」を描いた、或は「生きるということ」「死ぬということ」を描いた作品であると私は思う。
舞台である岡山県には縁もゆかりも無い私であるが、目に飛び込んでくる風景、人、繰り広げられる会話の1つ1つが、いちいち自分の田舎の記憶と勝手に結びつくものだから匂い立つほどの既視感を覚え、それだけでもギューッと胸を締め付けられてたまらない気持ちになった。結果的に冒頭(黄色いヘルメットの彼が登場したあたり)から笑いながら涙腺崩壊という竹中直人にも引けを取らない分裂ぶりであったが、そのまま自分でもよくわからない制御不能の涙が次々溢れ出してエンドロールを迎えるという結果。我ながらそんなつもりもなく映画館に出向いていたので自分で自分に驚いた。
今作の中心人物である想田監督の義父母・柏木ご夫妻のボランティア活動に同行している様な気持ちで観ていると、田舎では昔も今も当たり前に存在する小さな小さな差別や孤立、その中でギリギリ保たれる人間関係が垣間見えてくる。そしてそういう場所からもう長いこと離れて暮らし、目を背けて続けてきた自分への後ろめたさもあり、決して大袈裟ではなく淡々と映し出される「現実」を前に、私はただどうしようもなく泣いたのかもしれない。

それにつけてもまともに聴くのは初めてだった岡山弁の耳触りの心地良さよ。柏木ご夫妻のお人柄もあろうけれど、あの響きの優しさにも心打たれた。映画は一応字幕付きではあるけれど、目でというよりはちゃんと耳で聞きたい言葉。いつもエサをあげている野良猫達からつまはじきにあっていた1匹、通称・泥棒猫にも優しい柏木さんの「エサだけやりょんです」とかもーたまりません。いつの間にやら順番に淘汰されていく猫という不思議な生き物の諸行無常さをも当たり前に受け止めておられる姿も。そう、今作を観ていて「受け止める」という事も強く感じた。その対象は様々で、「他者」であったり「環境」であったり「死」であったり。

話は少し飛ぶが、昨日俳優の原田芳雄さんが亡くなった。最後の出演作となった映画『大鹿村騒動記』の舞台挨拶に現れたその姿にショックを受けられた方も少なくないだろう。私もそのうちの1人である。ほんの少し前にテレビ番組で元気そうな姿を拝見したばかりだったので、その姿の変貌ぶりには余計衝撃を受けたが、それ以上に何か「死」を覚悟した人の姿というものを目の当たりにした様な気持ちになって、その絶対的に侵し難い「尊厳」というものを前に、頭を思い切り殴られた様な感覚の方が強かった。
『Peace』に登場する独居老人橋本さんの姿にも、全く同じものを感じた。周囲に迷惑をかけて生きるという事を気にし続けていた橋本さんが、突如前触れも無くとうとうと語り出した戦争の話。生き残ったという事への罪悪感を背負いながら、それでも生き続けた人の姿や言葉には、ただ息をのみ耳を傾けるほか無く、まばたきすら出来なかった。今思い出しても鼻の奥がツンと痛くなるほど。想田監督ご自身が出演されたラジオ番組で話されていたけれど、たった3日だけだったという橋本さんの撮影日程の中で、そのまさに最終日に(ご本人は無意識だったかもしれないが)とらえられたこの場面。語り始めた橋本さんは何かに導かれている様にも見え、そんな現場に居合わせるというまさに奇跡の様な現場を想像してウワッと鳥肌が立った。(ちなみにこの「奇跡」は75分の間にあちこちで起こっちゃうのがまた凄いのであった)スクリーンを通してではあるけれど、その瞬間を共有させてもらえたというのは、私なんかが良いのでしょうかという様な何とも複雑な気持ちながらも、とてもとてもかけがえの無い事だった。縁もゆかりも無い私ですが、橋本さん、あなたの言葉は受け止めました。
改めてドキュメンタリーって凄い!と痛感させられ、映画館を出た後しばらく経っても夫と熱く語り合い、その後初めて行った「もうやんカレー」の味の記憶も曖昧。今後もことあるごとに語り続けてしまいそう。
そんな訳で猫好きだろうとなかろうと『Peace』は観ておくべし!です!

帰宅後、想田監督の著書『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』を読み始めた。冒頭からいきなり面白い!当然ながら私は映画作りに関して全く無知であるけれど、自分の作品を作る上で心にぶっ刺さる言葉が次々と出てくる。帰省の道中、じっくり繰り返し読もう。



※イラストの泥棒猫はどことなく楳に似ていた。洗ってあげたらグレーの毛が真っ白になりそうだったなあ。
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