<   2008年 06月 ( 16 )   > この月の画像一覧

日記と重複しているものもあったり、日記に書いているので省略したものもあったり。

コミック『臨死!江古田ちゃん』3巻 瀧波 ユカリ
c0138553_23332716.jpg

もはや私の生活で「猛禽」は常用語となっているが、
「翼の折れた猛禽」には泣いた。新語として早速インプット。
2巻と比べると、飛躍的に打率がアップした3巻では、
「サイレントリバース」
「路上での青春学芸会」
「帰国子女との静かな戦い」
が個人的にホームランだった。
ホント、痒い所を思いっきし掻きむしってくれる漫画だ。
人気が出ても、このミニマムぶりを維持し続けて欲しい。

DVD『 インファナル・アフェア』
c0138553_23385388.jpg

これまでどちらかと言うと苦手だったトニー・レオンを克服した作品。いや、一転惚れ惚れした作品と言えましょう。
何せ初めてスクリーンで彼を観た時は、石鹸相手に愚痴をこぼす様なナヨナヨした男だったので、もう全然受け入れる事が出来なかった。が、トニー・レオン、ここは素直に謝ろう。あなたは素晴らしい役者だ!!!
もう一方の主役であるアンディ・ラウも文句の付けようが無い。やっぱり男は歳を積み重ねてなんぼだね。
と言いながら、この物語に登場する二人の男は「生き続ける事自体が地獄」という運命を抱えながら、他人を演じ生活を送らねばならないという、しかもそれは命がけの嘘であり、終わる事のない悪い夢の様な世界に生きている。
細かな描写や表情から彼らの葛藤が、観ているこちら側にも嫌というほど伝わってきて、一緒に悩み苦しみ焦り、一瞬たりとも気を抜けなかった。
本当の自分を失うという気持ちはどんなだろう。この世で、ひょっとしたら唯一無二の自分の理解者であるかもしれない人間を失った時の絶望感と、それを抱えて、それでも生きて行かねばならない気持ちは。
脚本(台詞秀逸)、キャスティング、音楽、スピード感、全てにおいて完璧。完璧過ぎてちょっと鼻につくほど。
観終えてもしばらくトニー・レオンの残像と、ラストの屋上から見えるどこか悲しい色をした景色が頭に残っているが、それはそのままアンディ・ラウが、生きて行く限りずっと抱えて行くものと同じかもしれない。
男だらけの、男臭さ溢れる作品はやはり良い。つくづくそう思った。

本『いのちの食べかた』森達也
c0138553_2339326.jpg

「食」という切り口ではあるけれど、一貫したテーマはこれは限った話ではなく、何にでも共通する。
思考を停止してはいけない。想像しなければならない。知らないままで済ませてはいけない。弱さも愚かさも自覚しなくてはならない。根拠の無い差別や偏見に、流されてはいけない。
何ともっともな事だろうと思いながら、実際それが出来ていない事の多さに、この本を読んで気づき、驚く。
決してきれいごとを並べない、実にフラットな森さんの言葉にも共感した。こういう話で、その真逆にいる人が、私はどうも苦手なのだ。
しかし森さんのおっしゃる通り、この本を読んで私が得たものは、森さんからの受け売りである。私が実体験し、見たものではない。なのにそこでつい、自分も全てを見知った気になって、思考を停止してしまう。それじゃあいかんのだと痛切に感じた。
読んで良かった。何度も読んでしまう。
もっともっと沢山の人が読むべき本だと思う。

本『ゆん』山本精一
c0138553_23395450.jpg

サ店で読みながら、こらえきれず笑ってしまう箇所多数。
凄く変な本。変な文。変な人。その周りも変な人ばかり。
でも、山本さんには嘘と壁が無い。
こういう人は最強だと思う。
こういう人は信用していいと思う。
[PR]
by sakamotochiaki | 2008-06-29 23:40 | Comments(0)
c0138553_1632228.jpg

なんとなんと。先ほどイラストレーターの大先輩である西山さとしさんから、ずっとわからず放置していたMac使用の場合のリンク貼り付け法を教えて頂いた〜!
Windowsならばあっさり出来るのに、何でかMacでは出来なくて、元来アナロガーである私は、このテのつまづきには、実にあっさりとあきらめる性質故、放置プレイを決め込んでいたのだった。
それにしても、先日二人展においで頂いた際、私が「何でだか、リンクが貼れなくて困っちゃってます〜(とか言いつつ、克服する気無し)」と言っていたのを覚えていてくれて、わざわざ方法を教えてくれた西山さん、本当に感謝です。
あんまり嬉しいので、調子に乗って、今日はリンク貼りまくってやるのだ。

さて、昨日は再びバスで十条へ。リトルコで開催中の福田紀子さんの展示と「リトルこいち」を観に。
高円寺駅からひたすら環七を行くだけなのだけれど、昨日はやや渋滞していて40分ほどかかった。でもバス、やっぱりイイ!「赤羽行き」というシブイ経路であるせいか、休日でも車内はガラガラなので座れるし、クーラー効いてるし(効き過ぎってくらいだったが)、目的地の近くまでピンポイントで運んでくれるし。電車の窓とは見える景色も速度も違うので、妙な新鮮味でもって、音楽が聴こえる。ipodのシャッフルでキセルの『西日暮里の夜』からfishmansの「ひこうきぐも」、空気公団の『別れ』とか繋がれちゃあ、ああ、もっと渋滞してーとすら思えてくる。同じ車とは言っても、運転席や助手席で見るものとも違うので、脳内PVを勝手に製造再生しまくりで楽しいったらない。

が、十条に到着したら、尿意が。そうか。バス停は駅と違ってトイレが無いのだ!ガーン!
教訓メモ:バスを利用する時は事前の水分摂取は控えよう。

して、リトルコは大盛況。
オープンから30分経った頃に行ったら、既にお待ちのお客さんが数名おられた。読みが甘かったーん。しばし時間を潰し、やや遅れてやってきた検索クイーンN美さんと合流して、再びアタックしてみたら、何とリトルコカレー、売り切れていた(泣)「こいち」では野菜や、天然酵母パン、焼き菓子も売られていたので、それを目当てにいらっしゃる方々も多かった模様。そりゃそうだあー。
ここで「自己治癒力には自信あり」の私はめげる事無く、先日御馳走になった葉っぱの生き生きとした人参と、いんげん、パン2種を入手。平間農場の新米予約もしっかりさせて頂いた。トイレもしっかりお借りして(まだ我慢していた)、大の大人として一安心。

展示をされていた福田さんとも、少しお話出来た。偶然ブログもご覧頂いていた様で「あ、『今日もマウスで5分』の」と言われ動揺。動揺しつつも、改めて誰かの口から聞かされると、何ともアホなタイトルで、ボウッと恥ずかしくなり、汗ドッバーッとなったが、でもまあ、音読のリズムは悪くないぞと、ちょっとニヤリ。何で。
肝心の福田さんの作品は、可愛らしい雰囲気だけれど、クールで力強いタッチが良かった。筆圧高そうな感じとか、塗り重ねられたクレヨンが、濁る事無くちゃんと奥深い色である所とか、その層の厚みに説得力を感じた。

その後、遅れてやって来た直ちゃんと合流後、神の怒りを沈めるお供え物のごとく、猛々しくカレーモードな胃袋を十条のインドカレー屋でなだめすかし、崇めたてまつり、駅前にあった小洒落たカフェでお茶をし解散。またバスに揺られて帰路につく。前回同様、終点であるのを良い事に、首をあらぬ角度に折り曲げて爆睡。

さて、今日は今日とて、午前中に南阿佐ヶ谷にある美味しい中華屋さんオトノハオトノハ朝市に久しぶりにぶらりと行ってきた。「市」づいているのだった。
以前、ちらりとお話した事はあったものの、オーナーご夫妻の奥さんが、声をかけて下さって驚く。凄い。さすが接客業である。人の顔も名前も、なかなか覚えられない私には、かなりミラクル。リンクを貼らせて頂いている『オトノハの日々』を読んでいて伝わるのは、こういう真摯さ、堅実さなのだよなあ、と思う。
しかも私のアホブログを見て下さった様で、また動揺。いちいち動揺するな私よ。動揺するなら書くなよ。しかし、ブログをmixi以外でも始める様になったら、こういう機会が増えるのだなあ、と今さら知った。(遅い)
シマシマヤトーキョーで壷柄のランチョンマット(手ぬぐいとしても使用可能)と初ポチコロベーグルを購入↓
c0138553_1634131.jpg


そのままカイロに行き、その後、ご近所友のかえるちゃんとの阿佐ヶ谷駅でブツの受け渡しの約束まで余裕があったので、何となくマックで潰す。
と、隣の席に60代くらいのご夫婦がやってきて、仲良く昼食を取リ始めた。足下はそれぞれ雨用のウォーキングシューズ。旦那さんはとても饒舌な人である様で、奥さんは「うんうん」と旦那さんの話を聞いている。かと言って、聞き流したり、話す方も一方的だったりもせず、食べ終わるまでの間、ずっと会話をしていた。

奥さん 「(アイスティーを一口飲んで)あら、これ全然甘くない」
旦那さん「どれ(味見)。本当だ。シロップ貰って来ようか」
と、すかさず、一階のレジカウンターまで行き、ガムシロップを二つ(いつも二つなんだろうね)持って来て、奥さんに手渡す。
奥さん 「すいません。(受け取ったシロップを入れ、味見)
     あ、うちのと同じくらいの味になった。ほら。」
旦那さん「(再度味見)うん、うまい。うちのよりちょっと甘いくらいじゃない?」

他にも共通のお友達の話とか、糖尿病の話とか、まあ、こうして文字にしたところで何の起伏も無い、その年代相応の何て事の無い会話ばかりだったけれど、私は何だかとても感動してしまった。うちの実家の両親が日頃あまり会話が無いのが悩みの種、というのもあるけれど、こんな風に雨の日曜日、ちょっと2人で外へ出て、マクドナルド(ってとこが良いのだ。特別なお店でないところが。ここで食べ物の内容は重要じゃない。)で2人で一緒にハンバーガーを食べて、特別ではない、取るに足らない会話を普通に出来るという事の幸せたるや。簡単そうでいて、これは誰にでも出来る事では無い。ささやかな様でとても大きな幸せ。
途中ふと窓の外を見た旦那さんが「小雨になってきたな」と言うと、「夕方には止むんじゃない?」と奥さんが返した。素晴らしいリズム。読んでいた本も途中から活字が目に入らず、なんてこと無い会話のリズムに聞き入ってしまった。

かえるちゃんからブツを頂き、JRの高架下を家まで歩きつつ、シャッフル一曲目に流れてきたのは空気公団『雨音が聞こえる』。出来杉君なのか、小人DJは。
目の前には等間隔で、似た様なシルエットの女性が3人歩いていた。頭の上を通り過ぎる電車の音と、山崎さんの透明な声。日常に潜むインスタレーション侮り難し。

そうそう、昨日、高円寺の商店街で阿波踊りの練習に励む子供らを見た。夏が近いなあと思う。
て事で、そんな風には見えないが、どっちかつーと嵐だが、『夏がくる』という版画を。
c0138553_16332179.jpg


調子に乗りついでに、こんなモノにも登録してみたのです。しかし、だからどうなのか、まだよくわかっていない。
人気ブログランキングへ
[PR]
c0138553_0591897.jpg

最近目覚めがヒジョーに良い。
ちょうど仕事の谷間だからか、朝食をバナナ1本と水にした(早一ヶ月程継続)からか、夕飯を食べ過ぎていないからか、バッタもんの低反発枕をやめたからか(それだ)。
何にしても快腸なのが小確幸。

昼は久しぶりに荻窪にて、学生時代の友人ほっぴーとランチ。
毎朝荻窪のヨガスタジオに通っているほっぴーと11時半に合流後、結局夕方まで。ほっぴーは、最近某プラネタリウムの解説員の職に就いたばかり。夏休みのかきいれ時を前に、もうすぐ本番デビューするとの事で、目下その予習で大変らしい。マイクで生解説に始まり、音響、照明などの機械操作も全て一人で行うという、まさにデビューワンマンライブである。 こりゃまた外野としては、うっひょーと盛り上がる。
「ほっぴー」とは、もちろん学生時代からのあだ名で、本名は星さんという。
星さんがプラネタリウムで働くなんて、児童書か何かの物語の様で、最初に聞いた時は「そんな上手い話があるのか!」と大いにウケた。星の解説をする星さん。面白すぎるのである。学校行事で見学に来た小学生が、彼女のネームプレートと顔を交互に、不思議そうに、まじまじと見るという気持ちもよーくわかる。そりゃ見るよな。見ないでか。
もしも私がその施設で、何か権限のある立場だったなら、こっそり星さんのネームプレートだけ文字の級数を大きくするだろう。或は他の従業員の名前表記が明朝体に対し、星さんだけ太ゴシック。それどころかいきなり昇給。星手当て。
しかしビックリしたのは、星さんが勤め始める前から、同じ職場に既にもう一人の星さんが働いていたという事実。これには星さんも驚いたそうだ。星さんという名前の人は、星好きなのか。それとも面接官の粋な(?)はからいなのか。

ようし、こうなったら星さんの星の解説デビューを観に行ってやろうと思ったけれど、「お願いだから、夏休みに場数を踏んで慣れた頃に来て。応援は心でよろしく。」と言われたので、冷やかし隊長、素直にあきらめる。ちぇ〜。

ランチは『ル・クール・ピュー』というお店で、星さんおすすめの「そば粉のクレープ」を食べた。真ん中に卵が落とされていて、チーズやひき肉や、ズッキーニなんかが入っていて、むぬすっごく美味しかった。昔、旅行中、パリで食べたジャンク味な「ご飯クレープ」の何倍も美味しかった。
で、食べている最中、何やら首がムゾムゾすると思ったら、「あ、テントウ虫」と星さん。どこからついてきたのか、黒い小さいテントウ虫が、私のTシャツの首周りを這っていて、星さんに指で「ピッ」とはじきとばしてもらう。で、またしばらくすると同じ場所がムゾムゾ。はじいたはずのテントウ虫が私をよじ上っていた。しつこいやつめ、と再び「ピッ」。

夕方帰宅して、洗濯物を取り込んだら、居間のちゃぶ台の上に、また黒いテントウ虫。げ。さっきのと同じかどうかはわからないが、もしも同じだったら、このつきまとわれぶり、私と何かの縁(えにし)のある人の生まれ変わりかなんかなのか?もしやアナタは前世で、やむにやまれぬ事情(身分の違い、親の反対、同性同士、血縁関係、年齢差、不倫などなど)で生き別れた恋人かっ。

と、一瞬脳内一人遊びして(一人っ子の特技)、ティッシュでやんわり掴んでベランダにポイ。さらば恋人、達者でな。

て事で、本日の版画は『はなればなれ』 。
c0138553_0594653.jpg


↓登録してみたものですから。
人気ブログランキング
[PR]
c0138553_19485583.jpg

今日は久しぶりに料理教室だった。これで 通算4回目。
ひょんな事からお友達になった料理家山戸ユカさんのお宅で開催される教室は、こじんまりと(私が行く時は、いつも生徒は3人くらい)していて、不定期というのも、とても私に合っている。妙な身構え不要なのが良いのです。
私の場合は、だいたい平日昼間の回が多く、ユカさんから「○日なんですけど、千明さんご都合いかが?」とお声をかけて頂き、もちろん二つ返事で馳せ参じる。こういう時、特に「フリーで良かった!」と思う。
そして今回も、本当にあっという間に出来ちゃう簡単さで、でも一つ一つの作業が丁寧で、意味があって、無駄が無くて、しみじみと美味しい料理ばかりでした。

映画『いのちの食べ方』を観て以降、確実に食べ物に対する愛が余計深まった。食い意地は元々アホみたいに張っているし、作るのも食べるのも、私の中では素晴らしく愛しい行為ではあったけれど、それが簡単な事ではないという事を、そこまでの過程がどのくらい大変かって事を少しでも知ったら、もー食べ物が大事だわ、有り難いわで、台所に立つと「今日も真面目に料理させて頂きます。よろしくお願いします。押忍。」と、道場に足を踏み入れる格闘家の様な気になる。
あと、無駄食いもしなくなった。本当に今、お腹が空いているのか、じゃあ、どのくらい食べられそうか、というのを、当たり前といえば当たり前だけど、やっと考える様になった。

ユカさんの料理教室は菜食和食が中心なので、ベジタリアンでもなんでもない、むしろ肉食獣である私が、中途半端に習うのもどうなんだろう、という気持ちも通い出した時はあったのだけれど、元々弱かった野菜と和食(時にエスニック)メニューを色々教えてもらえるのがとても有り難い。ちょっとした扱い方や、コツ、これぞ主婦の知恵!なアイディアなど、ヒジョーに勉強になるし、教わった人それぞれがアレンジ可能な様にと考えられた柔軟なレシピがとても良いのだ。
そうやって、教わったレシピは色んな形に進化していって、その人の「家の味」になるのだなあ。そんな柔軟ぶりをユカさん自身にも感じる。だから私も妙な気後れを感じず、素直に習わせてもらえるのだろうと思う。でも一番はご本人も公言されている通り「食いしん坊」である、という事が良いのかもなあ。食いしん坊は年齢性別国籍主義問わず。やっぱり「食べる事が好き」という気持ちは、そうそう曲げる事は出来ない。
まあ、私も幸い(?)既に年齢的に毎日肉ばかり食わずとも大丈夫、というか、毎日は無理、という年代に差しかかってきたので、ユカさんとの出会いは、まさに渡りに船だったと言えるのかも。

本日の生徒さんは初対面同士3人で、皆それぞれ職種も違えば、年齢も違うし、生活ペースも違うけれど、様々なキッカケで、この料理教室に辿り着いた訳で、そしてユカさんの仲人力のお陰で、見事に引き合わされ、とても楽しく、ずっと笑ってばかりの時間を過ごした。こういうのも、本当に有り難い事だなあ、と思う。フリーで仕事していると、人との接点て極端に少なくなるもので、新たな出会いとなると余計にそう。そういう意味でも、こういう機会はなかなか面白く、貴重である。

帰りしな、ユカさんのお友達が今治で作っておられるというオーガニックコットンのマフラー『今治マフラー70』を購入。色がどれもきれいで、肌触りも気持ち良く、パッケージも良い!と思ったら、グッドデザイン賞も受賞されているそうな。納得。なのに驚きのお手頃価格。結局2つ、長いのと短いのを選んだけれど、もっと欲しい。全色欲しい。(自分で自分に「ハイ、どーどー」)UV加工もされているというし、これから重宝しそうです。
c0138553_1951352.jpg


本日のお品書き。
 ○花豆と豆腐のコロッケwith豆乳ドレッシング、かけて味噌つけて味噌だれ
 ○三つ葉とあげの煮浸し
 ○ズッキーニのステーキ(米なすの様な立派なズッキーニでした)
 ○モロヘイヤともやしのお味噌汁
 ○コーンフレーククッキー(脳内反響モノ好きとしては完璧な歯ごたえ)
c0138553_19491664.jpg

c0138553_19504956.jpg

全て動物性タンパク質、乳製品不使用。でも十分なボリューム。このてのモノに感じる物足りなさ無し。食前に頂いたミントティー(中国茶とミントの葉を使ったもの)も美味しかった。

毎日のごはんよ有り難う。
ご馳走さまでした。心から。

↓なんとなくよろしくどうぞ。
人気ブログランキング
[PR]
c0138553_11502776.jpg

昨日、山田美容室にて髪を切った。あーもーほんっとにスッキリした!頭が軽い!首が伸びた(様に見える)!涼しい!お手入れ楽! うれじい!

一昨日行ったリトルコのオーナーひらまさんが、やけにスッキリさっぱりした髪型になっているのを見て、「ずるーい!抜ーけーがーけー!」な、実にイヤラシイ女子的ジェラシーにとらわれ、矢も楯もたまらず山田さんに予約メール。
で、昨日1時半からカットとカラーをやってもらったのだけれど、そのまま暇に任せて、山田さんの仕事終わり(8時)を待ち、結局夜は旗の台で飲んで帰った。どんだけ旗の台に居たんだか。帰ったら、なんか懐かしく感じたよ、家が。しかも散々食べたのに、体重計ったら減ってたよ。髪の毛の分か?

「もう、今日は7時で店閉めちゃおっかな〜」という問題発言を繰り出す山田さんを「まあまあ」となだめていたら、夕方滑り込みで予約が入ったので、しばし一人、外で時間を潰す。
今どき珍しい喫煙全面OK故か、客の9割が喫煙者という駅前のサ店(というイメージ)で、1割の私は煙に巻かれつつ、読みかけの本を読みつつ、窓の外で瞬間どしゃぶりに戸惑う会社帰りの人々を安全地帯から眺めつつ、隣の席の「明らかに同伴出勤」の不似合いなカップルの、重さにして10g程度の会話を盗み聞きしつつ、旨くも不味くもない、の割にはやや高いケーキセットを食べながら、「ま〜だかな〜」とかやっていると、殆ど疑似恋愛。彼氏の仕事終わりを待つ彼女。用もないのに、改札口から流れ出てくる群れを「はっ」とか見てみたりして(アホ)。
今後、あの店は疑似恋愛サ店と呼ぼう。

読みかけの本とは「造音作家」である山本精一さんの『ゆん』。
いやー面白かった!午前中、いつもの病院の待ち時間で読み始めて、山田待ち時間で読み終えてしまった。つくづく変な人。の周りに集まる変な人エピソード。変な(褒め言葉です)文章。でもこういう人の文章には全く叶わない。要所要所に「うんうんうんうん」と納得して、思わずお礼を言いたくなるほどに、自分の中で整理のついていなかった物事に、ポンと答えをくれる。
宮島に訪れたという山本さんが、その自然に感動し、海にジャボジャボ入っては水面に浮かぶホンダワラをすくってみたり、水没していた大きな木を引き上げて、わざと担いであがってきて海人をきどってみたり、見つけたカニを指でつっついたらサッとハサミで威嚇され、そんな姿に涙を流したりしているのだが、それだけで、相当に絵的に可笑しいのだが、それはどうしてか?要するに自然に飢えているのか?と思いつつ、同時に一方では「『おじゃる丸』を録画予約してきている」という自らの矛盾を思う。
「一方ではカニや砂に涙しつつ、もう一方ではちゃんと都市との"いのち綱"を握りしめている。結局、いくらオーガニックだのエコだのサスカッチだのと言ってみたところで、巧妙な逃げ場を確保しつつの、あやしげなセンチメントにすぎないのではなかろうか。」
この部分に深く同意。『おじゃる丸』と『サスカッチ』はよくわからんけれど(笑)小西克哉も「エコエコって、みんな『エゴ』に聞こえる」と言っていたけれど、あれに膝を打ったのと同じ感覚。この感覚って、決して反エコではないという所がミソ。山本さんは変な人だけれど、私は勝手に信用する。

昨日はipod内の小人DJが実にいい仕事をしてくれて、午前中、梅雨空の下、30分かけて中野の病院に歩いて向かう道中(なーんもない道)がとても楽しかった。久しぶりに聴いたキリンジの『雨を見くびるな』に妙に感動してしまい鳥肌。今まで何度聴いているんだよ、て話なのに。

 もう、憂鬱はいつものように 優しく包んでくれやしない
 低い温度でゆっくりと 僕らは火傷をしたんだ
 街の灯が水に滲んでゆく
 「夜中には止む。」この雨を見くびるな
 みぞおちを蝕んでゆくだろう 深く深く

凄い、堀込兄。そんな事知っちゃあいたけれども。ちょっと凄すぎて怖い。
最近のキリンジは正直ちゃんと聴いていないのだけれど、最新アルバム聴くべきか。どうなのか。誰か聴いている人いたら、おせーて。私に強力に勧めてみて。

さて、今、まとめて聴いている『コラムの花道』の吉田豪さんの回、出川哲朗、面白い!hon-nin買わなくちゃ。あと、なんと私の出身大にて、豪さんの講演会があったそうで、あんな小田急のはずれの、湘南とは名ばかりの山の上のキャンパスに行かれたのか…と心苦しいやら、数週にわたりネタにしてもらうほど、てんぱり後輩らのご無礼に申し訳ないやら、切ないやら。 本当にお疲れさまでした!!!

それと、どうでもいいけれど、私の担当であるS気質のS女医の右手首の総合格闘技用のグローブ(正:腱鞘炎用サポーター)は夏仕様(メッシュ)になっていた。左手首に数珠二つ付けているのも、なーんか、気になるんだ。

久々に版画。今日は晴れているけれど、「雨を見くびるな」にちなんで。
タイトル『雨の温度』
c0138553_1151294.jpg


↓梅雨の晴れ間にひとつよろしくどうぞ。
人気ブログランキング
[PR]
c0138553_18391939.jpg

でっへっへー。
この異様な湿気を吹き飛ばすべく、先ほど十条はリトルコにお邪魔して、久しぶりにオーナーひらまさんの愛のムチの様な、辛くて美味しいカレーを頂いてきました。ああ、辛かった汗かいた。リトルコのカレーは、殆ど私の「東京のおふくろの味」と化している気がするな、しかし。

しかも大変ラッキーな事に、本日はひらまさん特製のニンニクの効いたズッキーニのスープと、バリッと新鮮で、色も形も美しい人参と人参の葉っぱのサラダまで御馳走になる。思いがけず完璧なフルコースで、「母ちゃん、腹ペコー!昨日のカレーまだあるー?」な泥んこ小学生男子気分だった私の胃袋は、勿体ない程に存分に満たされ、またしてもダラダラと長居。
ニゴジュウ展中にお知り合いになったU尾さんも偶然やって来た(たぶん、彼も「母ちゃん、腹減ったー」族の人)ので、カウンターのそっちとこっちとで、不思議な三角関係を築きつつ、酸欠症状が出るまでしゃべくり倒してしまった。うーん、なんで私いつもこんなかな。そぼ降る雨の音を静かに聴けんかな。ホント、うるさくてスイマセンでした、お二人とも。

さらに帰りには、ズッキーニと赤玉ねぎ(fromひらまさんのご実家の農場)というお土産付き。何と素晴らしいレイニーデイ。
今日は初めて十条まで、往復バスに乗ってみたのだけれど、雨の車窓の景色と、ゆったり感がとても良かった。しかも料金一律乗り換え無し!帰りは満腹だったのもあり、まんまと爆睡して、起きたら終点の高円寺で、ボヤヤーッと家に辿り着き、あれ、私ちゃんと「頂きます」って言ったっけ?ひらまさんに「召し上がれー」って言われたっけ?と思ったりする。でも何だか久々に「休日」という感じがした。
有り難う、ひらまさん。御馳走様でした。


で、現在開催中の展覧会『きたく』(陶芸の石原稔久さん 、縫い物のいぶきみのりさんの二人展)にて、またまたついついフリーカップ購入。(このところ手のひらサイズ器の衝動買いが止まらなーい)
c0138553_18451158.jpg

可愛いけれど、甘過ぎず、凛とした雰囲気がリトルコに似ていて、何より手に持った感じが良くて。こちらの展示は24日(火)まで。

でもって、間髪入れずに6/27(金)〜7/1(火)で福田紀子 さんの個展「goronote」が開催されますが、その期間中の28(土)と29(日)はindoor picnic『リトルこいち』も同時開催ですと!天然酵母パンや焼き菓子に、平間農場のお野菜も販売、新米の予約受付もされるという、これまた実に楽しみなイベントがあります。カレーもなんと2種類登場するとか。ひょー。こいつは手ぬぐいも2枚必須(何で)。
鬱陶しい天気も、気分も、カレーで毛穴から汗で発散して、絵を愛でつつ、お菓子食べつつ、おいしい野菜を買って、家でゆっくり丁寧に葉っぱから根っこまで調理して頂くべし↓
c0138553_1846649.jpg



さて話は変わって、昨日は久しぶりに我が家で飲み会だった。
「ききチーズ会」及び、「6月生まれの友人2人を祝う会」。そして実はその水面下で、学生時代からの長い長い付き合いであり、今は近い近い距離にいる友人の結婚報告会の計画を進めていたのだった。
なんせ、私が彼女から聞かされたのもつい一週間前。「彼氏が出来た」でも「結婚する」でも無く、突然の「入籍した」であったので、さらにお相手の転勤で、「8月には大阪に引っ越す」、「新居ももう決めてきた」、「式も9月に大阪で」というジェットコースタームービーさながらの、息もつかせぬ見事なたたみかけぶりで、いくら何かと省略するのが好きな日本人だからってアンタ、そりゃ省略しすぎだろ!という感じで、しかもそれが、2人で青梅街道の交差点で信号待ちしている時だったりして、私は当然何の心構えもしているはずも無く、「ふ、不意打ちとは卑怯なり〜!」と闇討ちに会った素浪人の様な状態で、全く事態が飲み込めなかった。(はい、ここで息継ぎ)飲み込めなさ過ぎて、最初は驚けなかった。一拍遅れて驚きの波が来て、わーっとなって、喜んで、何だよう〜とぶーたれて、淋しくなって、でも、やはり本当に嬉しかった。友人の吉報がこんなに嬉しいものだろうかと、猛烈にテンションが上がって、何かよくわからない感情で道ばたで泣いた。何でだよ、と思うけれど。今こうして書いていても、喜びがこんこんと湧き出て溢れてくる。いやー、おめでとう。本当に良かったね。

そのまま某ギャラリーの展示を2人で観たのだけれど、素晴らしい展示だったと思うのだが、作家さんには大変申し訳ない事に、思考が固まってしまい、何も目にも頭にも入らなかった。
「重大発表していいですか?」という前振りに偽り無しの、私の中で今年暫定一位の「重大発表」であった事は間違い無い。

にしても、本当に水くさいとはこの事だ。
まあしかし、彼女の気持ちもわかるのだ。彼女自身もあまりに急展開で、怒濤の日々で、言いそびれていたらしい。私にも何度となく伝えようとしたらしいのだけれど、その度にタイミングを逃していたとの事。どうりでここ最近、やたらと私を食事に誘っていた訳なー。その時の彼女の心境を思うと、悪いけどちょっと面白い。何とも彼女らしい。
人にはそれぞれの考えや、好みや、性格や、物差しや、ペースというものがあって、それは年齢を重ねるにつけ、余計に強くなるものだろうし、まあ、もう何でも良いのだ。彼女がこの先、幸せでいてくれればそれで言う事はない。
互いの距離は遠くなるのは淋しい限りだけれど、これまで未踏の地であった大阪に訪れる強力な理由が出来たのも、何だか嬉しいではないか。


して、誕生日を祝った後、頃合いを見計らって、ズバーンと発表。結婚会見よろしく結婚指輪をキラリーンとね。
皆ひとしきり驚き後は、祝福と質問攻め。お相手の写真回覧。当然の報い(?)である。
驚きつつも、同席していた工房くらげのシミズナオコ(6月生まれその1)から
「でも、私、何故か最近、○○には彼氏がいるって思ってた!」
と、この驚きを予知していた発言。
不思議なもので、実は私も、彼女から聞かされる少し前に、彼女が子供を持ち、母になっている映像が見えた事があった。それが妄想だったのか、夢だったのかは覚えていないのだけれど、「うん、アリだな」と思った記憶がある。そういうのって、何かしら飛んだ念をキャッチしたのかもしれんですね。

それにしても昨日は、何だか仕込み中から私が異様に緊張してしまい(まるで大手芸能事務所のお抱えタレントの電撃入籍会見の様に。というか、シークレット企画って性に合わないんだよね、たぶん)、上手く段取りも出来ず、いつも以上に妙な汗をかきまくったけれど、無事に済んで、本当に何よりだった。
普段、単独ではなかなか買えない色んな種類のチーズも食べられて良かった↓
c0138553_18503353.jpg

ききチーズ、なかなか良いです。定期的にやりたいもんです。
チーズ以外のメニューは 、
・レンズ豆と打ち豆、エビのサラダ
・花キュウリとトマトのサラダ
・阿佐ヶ谷吉澤精肉店のレバーペースト
・パリットフワットのクレヨン
・シミズナオコ(主賓なのに)作手打ちパスタによるジェノベーゼ
・晴れて(?)新妻な彼女のリクエストにより
 空豆と鶏肉の春巻きwith自家製スイートチリソース
(いつもより精魂込めて春を巻かせて頂いた)
・N美さんが寝ずに焼いてきてくれたバースデーケーキ
(ちゃんとチーズ使用。激ウマ!)↓
c0138553_18533999.jpg


昨日同席した人、みんなひっくるめて、幸せである様に。つくづくそう思った夜だった。

↓幸せついでによろしくどうぞ。
人気ブログランキングへ
[PR]
c0138553_17443379.jpg

湿気でクロール出来そうだ。
あ、嘘つきました。私は泳げない(と言うか、名のある泳法が出来ない。カナヅチではない。)ので、訂正。湿気でバタ足出来そうだ。
梅雨の晴れ間に無事、ベランダ工事も終わり、メダカの新居引っ越しも完了スーイスイ。
c0138553_17453313.jpg


そんな中、午前中カイロに行き、昨日の町田の工房での版画作業の疲労を取ってもらう。
あ、また嘘つきました。昨日は午前と午後、みっちり予約して、久々に刷り倒す気でいたくせに、いざ始めたら全く気分が乗らない。初めて紙版画に挑戦してみるも、なーんか今ひとつピンと来ない。で、数枚刷って完全にやる気を無くし、早々に撤退。ああ、午後の分のお金、ドブに捨てた。
やはりアレですね、いくら段取り好きな私とて、漠然と作品は作れないのだな。何かに手かせ足かせされている位がちょうど良い。二人展の前は血管が切れそうだったし、頭の上にやかん乗っけてお湯湧かせそうだったものなあ。
この次はもう少し「刷りたい欲」の沸点をギリギリまで上げてから挑もう。でも予約は一ヶ月前にしなければならないのが難。ペース配分が重要。オリンピックで本番に挑む選手ってこんなか?全然違うよ。

で、その後、町田在住時の唯一の収穫と言える人・お友達の秋田美人Hさんをつかまえてお茶。突然の誘いにも「あらよ」出向いてくれて、お互いの近況をしゃべくり倒せるというのは、本当に嬉しい事だ。町田在住時の様に、沢山しゃべって、沢山笑って、お互い喉カラカラ。町田の街は随分変わっていたけれど、Hさんは相変わらず凛としていて、パワー補給させてもらった。

話を戻して、カイロ後、阿佐ヶ谷の知る人ぞ知る肉屋「吉澤」で、レバーペーストを調達し、そのまま『CONTEXT-S』へ。
『CONTEXT-S』は古民家の一階をショップ兼ギャラリーにしている、それはそれは素晴らしい空間で、そこのスタッフでもある陶芸家・駒ケ嶺三彩さんの個展『幸運の鍵』が昨日から開催中であります。
c0138553_17481653.jpg

これまで駒ケ嶺さんの器の作品は見た事があったけれど、オブジェ作品を見るのは今回が初めてで、しかもそれが、広ーい空間を所狭しと見事に埋め尽くしている事に驚いた。&脱帽。凄い!なんという集中力!
c0138553_17494658.jpg

一つ一つに深い思想を感じる作品たちは、古い家具とも相性が良く、何とも言えない不思議な雰囲気を作り出していた。普段スタッフとしてお会いする時の、飄々とされている駒ケ嶺さんとは、また違った魅力を知った気分。
こういう「はっ」とする様な魅力を見せてもらえるのって嬉しい。ついニマニマしてしまった。美味しいおやつ(ココナッツミルクの冷やしお汁粉と、自家製ジャムとチーズの乗ったクラッカー!)も頂き、一目惚れした鳥のオブジェと、探していたフリーカップ(手にちょうど良い大きさの)を購入してニマニマ。 ラッピングもいつも可愛いのです↓
c0138553_1750238.jpg


美味しい思いばかりしてピューッと帰宅後、早速、玄関の鳥コーナー(いつの間にか溜まりに溜まった鳥グッズ)に飾る。(左はフリーカップ)
c0138553_17524819.jpg

c0138553_17535687.jpg

あー素敵。ちょっとASIDMANのPVの鳥を思い出すなあ。上昇している力強さと裏腹に、そこはかとなく漂う悲哀が素敵。俄然好みです。以前、お友達のチエちゃんの営む『みずたま雑貨店』で買ったアンティークの韓国製菓子型と勝手にコラボも良い感じ。
ちなみにCONTEXT-Sオーナーである陶芸家イシガミテルミさんの作品もすぐ横に飾らせて頂いております。
c0138553_17544233.jpg

ブリキと陶のオブジェと、階段の付いた小物入れ(?)を、やはり骨董市で買った歯車と勝手にコラボ。
ああ、玄関のこの一角ばかりがどんどんステキになって行くなあ。我が家に訪れた人達を、片っ端から威嚇射撃だぜ。そっから先へは進ませないぜ。
という訳で、駒ケ嶺さんの個展おすすめです。作品が無くならないうちに、皆様ぜひどうぞ。 25日までです。

阿佐ヶ谷と言えば、先日フラフラと歩いていたら、私が最後(10年以上前)にアルバイトしたカフェのシェフだった女性を見かけた。
私より少し年上(当時三十代前半くらいか?)だった彼女は、女性なのに忌野清志郎に似ていた。いや、もちろん顔は違うけれど、服装やメイクは清志郎そのもので、ボーイッシュで、バンドでボーカルもされているとの事だった。それだけでは無い。彼女は歌声まで清志郎にそっくりだったのだ。
「女が清志郎を歌う」というのは、いささかハードルが高い。というか、合コンの二次会のカラオケだったりしようものなら、間違いなく選曲ミスの部類だろう。あちゃー、である。がしかし、彼女は違った。一度、バイト仲間と数人でカラオケに行った際、あまりの清志郎ぶりに、そらあもうたまげた。あんまりたまげて、思わずHISの『夜空の誓い』をポチッとして、強制的にデュエットしてもらったほど。もちろん私は坂本冬美担当だ。すると彼女は「この曲、わかるかなあ」などと言いながら、即興でハモってくれた。それも完璧に。「私は今、清志郎とデュエットしている」という人生のアガリ(疑似だけども)を思わせる楽しい時間だった。私がバイトを辞めて以降は、会う事もなかったのだが、当時も「阿佐ヶ谷で長い事暮らしている」と聞いていたので、自分が阿佐ヶ谷暮らしになった事もあり、ひょっとしてまだ住んでいるかもなあと時々思い出していたのだが、まさか本当に居るとは。

そこそこ距離があったので、声はかけられなかったけれど、そこそこ距離があった割には、彼女のその風貌があまりに当時のままの清志郎っぷりで、すぐ彼女だとわかった。しかもまだ阿佐ヶ谷に住んでいたんだ、と思ったら、何だか妙に嬉しくなった。止まっているとも言えなくもないけれど、変わらないっていう事は、やはりとても愛しく感じる。ニマニマする。

ついでにさっき作った「まだか漬け」。
友人のお料理上手Sさん直伝。割干し大根が無かったので、輪切り干し大根を見つけて代用。するめ、昆布、煎った大豆など入っとります。
「まだかまだか」と催促するくらい美味しいから「まだか漬け」だそうな。一週間で食べごろ。ニマニマ。
c0138553_1802952.jpg


↓ニマニマとよろしくどうぞ。
人気ブログランキング
[PR]
c0138553_1521913.jpg

今日は今日とて、映画『いのちの食べかた』http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/を観るため渋谷へ。

整理番号一番だったし、お客も全部で7人程、6月末からは夜一回の上映になるそうだけど、まだまだ上映中。人はどう思うかわからないが、私はとても良い作品だと思った。他の何にも似ていない作品です。
なーんて言いつつ、席に着いた瞬間、程よい室温と、程よい固さの椅子と、早起きして来たせいで、所々ウトウトしてしまったのだが。
たぶん規則的な機械音(映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の様な)が、催眠効果あるんじゃないかなあ。興味津々に反比例するかの様に、意識が頭の少し上の方でユラユラした。と思いきや、次の瞬間ワハハと笑ったり(心で)、「トランスフォーマーか!」とツッコミいれたり(心で)、あ、いけね、私、口開きっぱなしだ!となる位、心を奪われたり。
冷静に、淡々と、余計な事は一切排除された映像。あれ、これって『ぐるりのこと』と同じだな。あの作品も普通は入れちゃいそうな場面を悉く排除して、観客に想像させようとしていた。
しかしそれ以上に『いのちの〜』は何せ台詞も、字幕も、これが何であるか、どういうものであるかという説明も無い、映像だけで訴えてくる。特別な事は何も無い。日々、当たり前の事を当たり前に切り取っている(それがハッとするほど美しいのだ)。食のルーツと供に、そこに携わる人の日常を垣間見させてくれる。 余計な気遣いが無いお陰で、観る側は一層自由に思いを巡らせる事が出来る。これには作り手と観る側の成熟を感じた。
有り難う、本当に有り難う。あなた方がいなければ、時代が時代なら、私は飢え死にしている。動物も植物もこれからは心して頂きます。動物と植物にも有り難う。観終えた後はそう思う。可哀想だから食べない、という思考には、予想通り全く流れなかった。この映画自体、そういう意図は全くない。逆にこれを観てそんな事言う人は信用ならない。改めて思う。

先に森達也さんの『いのちの食べかた』を読んでいたのも良かった。
生きている牛を処理する場面では「おお、これがノッキングペン(最初に牛に脳しんとうを起こさせるために額を打つピストルの様な道具)か!」とか「こうやって放血するんだな」というのがわかった。何より日本と欧米の「屠殺」における様々な違いを見て取れたのも良かった。宗教や、様々な差別の歴史のせいもあるが、そこにはただ、あっけらかんと普通の毎日があるだけなのだ。

頂きます。心して。
エンドロールが流れるタイミングが、素晴らしくカッコ良くて、そこで激しく感動して、そう誓いました。

明日は久々に町田の工房で版画日。
紙版画に挑戦。早起きしないといかんのにー。

本日の版画は以前作った銅版画。タイトル無し。
以前もここに載っけた事がありますが内容に合っていたので。
c0138553_153992.jpg


↓なんとなく、よろしくどうぞ。
人気ブログランキング
[PR]
c0138553_16433439.jpg

「ぐるりのこと」を観て来た。
良かったのか悪かったのか、家人と供に。
ハンカチで拭うより早く、首まで涙が滴り落ち、もういいいや、流しっぱなしじゃ、と途中から観念した。正直、周りの誰に勧めて良い作品なのかよくわからないのだけれど、いい作品だった。

主役はごく平凡な夫婦で、彼らと、彼らの家族の、喪失と葛藤と再生の物語であるけれど、冷静に淡々と少しずつ日本がおかしくなってきた歴史を、法廷画家という傍観者の視点から描いている。無駄な描写も無く、長回しの場面が多く取り入得られているせいで、ドキュメンタリー作品の様でもあった。

プロの役者に混じって、見事に夫/カナオを演じたリリーさんの度胸にはひたすら感心。アドリブの様な言葉、表情、仕草、多々盛り込まれる下ネタ(実際は綿密にエチュードやリハーサルを重ねた結果だそうだけれど)など、不自然さを全く感じず、画面にいるのは完璧にカナオだった。妻/翔子役の木村多江も、これまでは正直あまり興味の無い女優さんだったのだけれど、難しい役をよく演じきっていた。入り込み過ぎて、本当に辛そうで、彼女の苦しむ姿は、状況は違えどまるでいつかの自分を見ている様だった。
そして橋口亮輔監督が自らの鬱病経験を元に、日本社会の変質を訴えるこの作品を制作し、公開された翌日、奇しくも秋葉原の事件が起こった事を思うと、何とも因果なものを感じる。

このところ常に思考を占拠されていて、頭の中の整理も付かないまま乱暴に書き綴ったり、訂正したり、また書き直したり、何だか「片付けられないゴミ屋敷の住人」の様な気分だった。たまたま読んだ『いのちの食べかた』が、また微妙にリンクしていた事もあり、余計に混沌としてしまい、読まれた方は何だかなあ、という感じだったかもしれないけれど、ただただ思考は蓄積されるばかりで、まとめる事も、捨てる事も出来なかった。だって全部ゴミじゃないんです。みたいな。

昨日、友人の写真家・杉本文さんのブログで紹介されていた英文学者/藤森かよこさんのブログhttp://www.aynrand2001japan.com/akira/akira20080612.htmlを読んで、この私の中のゴミ屋敷は、一旦整理が付いた様な気がした。まあ、またすぐ溜まるかもだけれど。
テレビや新聞、ネットなどの様々な情報を得る程に、特にワイドショーなどの一辺倒な報道の仕方(無理も無いけれど)につくづく滅入り、泣きたい気分になったのは、「彼は悪い。100%悪い。しでかした事を擁護する事は断じて出来ない。が、しかし」という部分だった。でもでもでも、何故何故何故、という気持ちだった。

私の啓蒙漫画『THE WORLD IS MINE』の主人公である大量殺人犯トシモンの一人トシを思い出した。「現実を漫画と一緒にするな」と言われれば、本当にその通りなのだが、しかしどうしても彼とトシがダブって仕方が無かった。トシは人の弱さの象徴の様なキャラクターで、多くの読者が彼に自分を投影し、読み進めていただろうと思う。事実、私もそうだった。
彼のやった事は100%間違っていて、目も当てられない程の悲惨な彼の最期も、全く致し方ないものであったけれど、どうしようもなく救いがたい彼を、それでも何故誰も救ってあげられなかったんだろう。何故彼は自分を救えなかったんだろうと、ただの一読者の立場であるにも関わらず、私はとても悔しい気持ちだった。何に対してか、懺悔したい気持ちだった。それと同じ感情を今回も持った。

藤森さんが書かれている様に、25歳なんて最低かもしれない。思い起こせば私の25歳も、彼程ではないにせよ結構最低だった。
イラストレーターと二足のわらじ(というか主な収入源)だったアルバイトも首同然で辞め、かと言ってイラスト一本で食べられる宛もなく、貯金も無く、5年に及んだ恋(しかも片思い。かー。)が終わりを告げ、今より体重も俄然多く、今後どう転んでも私が恋に恵まれる事などあろうはずもないよと確信し、でもだからといって田舎に帰って見合いをしたり、海外留学という名の逃亡を計る勇気などみじんも無く、三鷹の1K安アパートではたと気づいた。 大学卒業時の藤森さんの様に。
なんかもう全然ダメじゃん。ゼロじゃん。マイナスじゃん。大学出て、しかも親のお金で、何やってたんだろう今まで。と。
とどめを刺す様に、その夏、日焼けが原因と思われる、顔面全部が火ぶくれの様に腫れ上がるという症状が出た。朝起きて鏡を観たら最低の自分がそこにいた。思わず悲鳴を上げた。しかも金も無いのに病院に行かねばならなくなって、自分が呪わしかった。

そこで私はたぶん、自分を見切った。周りを見切った。顔面はそんな状態だし、バイトも出来ないし、ただひたすら六畳の部屋に引きこもった。コンビニの店員と、病院の先生以外では誰にも会わず、誰とも話さず、だけど時間は膨大にあって、お金は無くて、安く長く時間をつぶせる方法はないかと考えた末、本当に馬鹿かと思うが、500円でキーホルダータイプのテトリスを買って、ひたすらひたすらそれをやった。同じ理由で食事を削り、ひたすらに筋トレをした。アホみたいに一日中、テトリスか筋トレをした。絵でも描けば良かったが、絵など描く気にもならなかった。
思えばそれは、突然カチッとスイッチが入った様な感じで、私の人生初の「やけ」だった。と言っても、他人から見ればわからない程度の「やけ」だったが、全部をリセットしたかった。やり直したかった。今気づいたけど、あれ、自分テトリスだったか。

相当にしょーもない。そんな話を、起こった痛ましい事件の引き合いに出すのも本当に馬鹿みたいだし、とても失礼な話だと思うけれど、私の「やけ」のベクトルは自分に向けられたもので(これは一人っ子故の何でも自分一人で決めて解決しようとしてしまう性質からか)、規模も情けない程小さいものだったが、これが大きく増幅され、他人へと向けられた時の事を考えるとやはり怖い。

顔の症状が治りかけた頃、体重も面白い様に減って、「つきものが取れた」とはこういう事だったのか、という風に私は久々に外に出た。何だか俄然ウキウキとした。自分で自分の写真を撮ったら、全然違う自分が映っていた。何かしたくて仕方なかった。元来人見知りである私が、そこで抱いた思いは、ひたすら「自己紹介がしたい」だった。自分を知らない人に会って、最初からやり直したいと思った。まあそこで、誰に会う予定も宛も、これと言って無かった訳だけれど、それでもしまた落ちる事があっても、もう何とでもなるし、大丈夫だと思えた。そしたら本当に気持ちも体も軽かった。

運が良い事に、自分やり直し中に、ダメ元で何となくやっていた郵送営業(イラスト資料を編集部などに勝手に送りつけて売り込むという大変不躾な方法。でもコレが一番お金がかからなかったし、人に会うのが面倒だった。)で、何件かの仕事にありつく事が出来、いつでもアルバイトの面接に行ける様に履歴書を傍らに持ちつつも、そのままギリギリで食いつなぎ、それを繰り返し、辛くもフリーとなった。あろう事か2年後結婚もした。本当に自分が一番ビックリした。有り難い事に数は多くはないけれど、友人とも繋がっていてもらえた。そのままアルバイトもせずに、今生活出来ている事にも驚く。でも、これは本当にたまたまだったと思うのだ。「やっぱり絵を描きたい」って目的があったからじゃないの?とも思わないでもないが、当時は営業しながらも「別に絵をやめてもいいかも」と思っていた。何しろ自分を見切ったから。自分に期待するのをやめたから。

事件以降、頭から離れないトシの台詞がある。物語の前半部分で、トシが人質を取って、警察署に立てこもる場面があり、そこで警察とやりとりをする場面。警察に「要求」を聞かれて、咄嗟に答える彼の台詞。

「世に棲む生きとし生けるものすべてが、自由に、平和に平等に、
 美しく、明るく、楽しく暮らせる、幸福と善意と優しさと愛に満ちた、世界」

これは皆の願いである。当たり前にそう思っている。しかしこんなに難しい事は無い。この世には明らかに格差があり、差別がある。
この言葉が頭をグルグルと回り、たまらない気持ちになる。

『ぐるりのこと』の橋口監督は自身の経験を経て、「希望は人と人の間にある」という答えに辿り着き、それをこの作品で表現された。この言葉も当たり前の様にも、ともすれば陳腐にも聞こえるけれど、今はたぶん、それを声高に言わなければ、いちいち念頭におかなければいけない時代なのだろう。
秋葉原の彼は、あまりにも一人だった。そして不平等だった。そんな人、他にも沢山居る、だからって皆が事件を起こす訳じゃあ無い、というのももっともだし、私もそう思う。でも、そんな人が沢山いるという事が、誰かとの間にかすかでも希望を見いだせないという事が、そもそも悲しい事なのだよな。
藤森さんの書かれている様に「この世に起きる事」を他人事で済ませちゃあいけない。想像して、考えて、行動して、責任をもたねばならない。

※イラストは意外とお腹肉が乗っかってたリリーさん。
 撮影で規則正しい生活を送っていたら、食べ過ぎて太ってしまったらしい。

よくわかっていないままに登録してしまいました。よろしくです。
人気ブログランキング
[PR]
c0138553_18521548.jpg

帰省先から戻り、久々の、と言ってもたかだか4日ぶりのパソコン使い放題生活に浮かれて、二日連続寝不足であるにも関わらず、今朝も7時前に自然起床してしまった。

youtubeで、山田美容室の山田さんに「今さら見たら面白かった」と勧められた『フォークダンスDE成子坂』のネタを、私も今さらぶっ続けで鑑賞。なんで「今さら」かといえば、ツッコミ担当であった村田渚は2006年に突然若くして亡くなっているからである。当時そのニュースを見て、彼らが解散していた事を知ったくらい、私としてはあまり興味の無いコンビだった。というのは、私はボケの桶田啓太郎が「男前」であるのが、どうも気に入らず、というか、お笑いという手段が無くとも、元々モテそうな芸人が苦手なのだ。「モテなくてモテなくて、もーどーしよーもなくて、モテたさのあまり必死に身につけた話術」を持った芸人の方が好き。しかしその後、久々に見た桶田に若ハゲの予兆をビシビシと感じた時、世間的には下降したかもしれない成子坂株が私の中では少し盛り返したものの(何様)、そのまま彼らのネタを見る機会は無かった。元々コントがそんなに好きじゃないというのもあるかもしれないけれど。
で、ネタはなるほどシュール。でも、本当に今さらだけれど、こうやってまとめて映像を見れちゃったりとかすると、桶田の実に細かくしつこくボケ倒す様は面白かった。劇団健康なんかを思い出しました。
一番面白かったのはコレでしょうか↓
http://jp.youtube.com/watch?v=h9TMnt5aEW8&eurl=http://mixi.jp/view_diary.pl?id=839488504&owner_id=205646

さて、そんなyoutube三昧している場合ではなかったのだった。
明日から我が家のベランダに防水修復工事が入るとかで、ベランダに置いてあるものを整理しなければならなかった。物を除けながらの作業になるので、一週間かかってしまうかもしれないらしい。しかも晴天の日を狙ってやらねばならないらしい。何で住む前にやってくれんかなあ。何で梅雨時期にやるかなあ。

で、洗濯機や物置は良しとして、問題はメダカ鉢3つ。これを業者にいちいちチャッポンチャッポンと動かされるのも嫌なので、思いきって鉢の清掃を兼ねて、メダカ一族三世帯には一時仮住まい(屋内飼育)してもらう事に。殆ど人間の家の立て替え状態。炎天下、紫外線シャットアウトな風体(帽子+首タオル)で、メダカを一匹一匹捕獲してバケツに移し替え。 突然の空からやって来た恐怖の大王(私)に命の危険を察知したのか、バケツに移動後メスが卵産みまくり。生命の神秘やね。

と、初代のメダカ4匹中2匹がいない。確か帰省前は居たはずなのにと不思議に思って辺りを見たら、メダカ鉢の横にカラッカラに乾涸びミイラ化した一匹(投身自殺か?)と、鉢底の土に混じってふやけ死んでいる一匹を発見。ショック。さらに2代目一家をすくいきったつもりで、残りの水を捨てようとしたら、うっかり見逃していた一匹を排水溝に一緒に流してしまった。ああああああ。流れていくメダカ映像は、まるでスローモーションを見ている様だったのに、ああいう時、全然動けないもんですね。南無三。←高校時代の恩師が、蚊などの害虫を退治する時によくこう言っていた。

そんな訳で朝から凹んだが、気分を上げるべく大江戸骨董市へ。
出店していた料理教室友のチエちゃんのお店『みずたま雑貨店』(http://tabitozakka.blog98.fc2.com/)でアルミのスプーンとコップを買う。他のお店でもお菓子屋さんで使われていたという持ち手のアールが可愛い木製の柄杓(?)を購入。
c0138553_18551099.jpg

気づいたら全て「すくう」道具。よっぽどメダカを流してしまった事を悔いていたのか私よ。

その後、表参道にて陶芸家・高橋朋子さんと藍染め作家の梅崎由起子さんの『涼風展』へ。長い友人同士の様なマッチングぶり。淡い青色で構成された展示は、本当に涼風が吹いている様でした。シャボンの泡で柄を付けたという小鉢を購入。
c0138553_18555026.jpg

よく見ると、本当に泡の模様。
c0138553_18565231.jpg

シンプルで何にでも使えそうなので、これから活躍してくれるでしょう。 こちらは明日まで開催。(http://www.torindo.co.jp)

さて、メダカを排水溝に流した身でなんだけれど。
帰省の往路の新幹線で森達也さんの『いのちの食べ方』を一気に読んだ。で、実家滞在中も読み、帰りの新幹線でも読んだ。まあ、他に読む本が無かったというのもあるけれど、久々に色々考えさせられる本だった。「食」という切り口で、様々な差別や偏見などの問題提起しているのだけれど、書きようによっては難解すぎたり、説教臭くなりそうであるのに、誰でも読みやすい書き方をされていて、本当にいい本だった。何しろ森さんに妙な片寄りを感じないのが良かった。余計に胸に響くものがあった。

少し前の日記で秋葉原の事件の容疑者について「自分の人生が上手くいくもいかないも、全て自分のせいだというのに」という書き方をしたのだけれど、あれ撤回。何だそりゃだけれど、この本を読み、自分の人生が、自分が生まれる前から、訳のわからない、根拠の無い偏見と差別から、決められてしまっている人もいるのだと知った。いや元々知ってはいたけれど、それは知識として表面的な部分で知っていただけで、そこでそれ以上考える事をやめていた。これは森さんが一貫して訴えておられる「思考の停止」だ。まさに痛い所を真っすぐ突いてくる本だった。
自分の人生が、生まれる前から、曖昧なのに抗えない何かによって決められている。目には見えない窮屈な場所に閉じ込められて、上を見た所で邪魔っけな低い天井がある。もちろん、それは本当におかしな話で、馬鹿げていると思うけれど、現実にそういう事はあり、そういう立場に置かれている人に対して「自分のせいだろ」とは言えない。
まあ、秋葉原の容疑者はまた別問題で、複雑であるけれど、一緒くたな書き方をしてしまった様な気がしたので、ここで訂正。


あ、今日も版画一個。 埋葬気分で。
タイトル『深く掘る。そして埋める。』
c0138553_1858864.jpg

[PR]