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先日ここで書いた想田和弘監督の観察映画最新作『Peace』の感想日記の中のマウス絵「泥棒猫」、Twitterをキッカケに映画のミニチラシに掲載して頂ける事になり、配給元である東風様より見本をお送り頂きました。
それがこちらバーン!
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ブログ掲載後すぐお声をかけて頂いて、「こんなマウス絵で良いのでしょうか」と恐縮しつつも、あらよあらよと事は進み、あっという間に完成。あらよあらよと事が進むのが大好き人間としては実に気持ちが良かったです(笑)
いやはや何とも思いがけなく不思議で有難いご縁。何よりもあの素晴らしい作品の宣伝に参加させて頂いて、こんな嬉しい事はないですな。こういう日のために私はマウス絵をシコシコと描いてきたのかも。
皆様もどこかで見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。坂本イラストはさておき、メジャーな方々の感想が載っとります。それでもってその足で上映館へ行きましょう!想田監督も出演されたニコ生でおっしゃっていましたが、我々観客はキャッチャーではなくバッター。監督渾身の一球をじっくりとよく観察して、渾身の振りを見せたい。三振だってファールだっていい。それが「観客を信頼する」という信念の元、製作された作品への真摯な態度であると私は思うのです。

そういえば、と今さら気付いたのが最近私が鞄に付けていたこのピンバッジ。荒井良二さんのグッズだけれど、こちらにも「PEACE」の文字が。無意識ながら映画『Peace』を観に行った時も付けていたのだった。
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これもある意味、想田監督のおっしゃる「セレンディピティ」だろうか?(大袈裟!)



話は全く違うけれど、今日初めてストリングラフィなるライブを体験。久しぶりに音楽で鳥肌立ちました。明日も3ステージありますよ!フジロック行けずに悶々としている方、行くと良いよ。詳細はコチラ参照。
紙コップと絹糸から生まれる多彩な音の世界。何がどうしてこんな凄い事が!とアワアワしつつも、音とは空気の振動なのだな、という事を再認識。本当に素晴らしかった!!
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オマケ楳。帰宅して、どこにも居ないな〜と思ったら。
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道中は笑っちゃうくらい時間がかかるが、3泊4日、あっちゅー間であった。
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熊本から天草までの道中、松島というあたりにある絶景カフェ。
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メタリックキビナゴ!
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甥っ子と義父と一緒に自家菜園で収穫。
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トンボを捕まえたはいいが、直接は触れずにいた甥っ子。
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田舎の昼飯は素麺と相場が決まっている。
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スーパーにて。
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家人が子供の頃「タイムトンネル」と呼んでいたという抜け道。30年以上無くならずに今もあるというのが一番凄い。
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ベスト・オブ・小屋。
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ぶた和えという郷土料理を義母が作ってくれた。ぶたと言っても豚肉は入っていない。蛸と茄子を甘辛味噌鯵で炒めたもの。肉の手に入らなかった時代に蛸で代用していたのでは?という話。すんごく美味しかった!
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おじさんと連弾。
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ピンボケるくらい喜んだ馬刺。
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天草〜熊本間にある有明海の干潟。延々と続いている。
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熊本交通センター前。
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3泊4日ぶりに再会した楳。超人見知りで不躾な猫を愛情を持ってお世話して下さったN家の皆様、本当に有り難うございました!!
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帰省前に仕上げなければならなかった色々を終えたので、映画『Peace』を観るために夫婦でイメージフォーラムへ。

見かけるレビューや予告編などから、あの『選挙』、『精神』の想田和弘監督が今度は猫映画?!と驚かれている方もおられるかもしれない。確かに猫(悶絶級にブサカワイイ)は沢山登場するし、猫好きの私的には実際ヨダレものの場面は多々あれど、これはれっきとした「人」を描いた、或は「生きるということ」「死ぬということ」を描いた作品であると私は思う。
舞台である岡山県には縁もゆかりも無い私であるが、目に飛び込んでくる風景、人、繰り広げられる会話の1つ1つが、いちいち自分の田舎の記憶と勝手に結びつくものだから匂い立つほどの既視感を覚え、それだけでもギューッと胸を締め付けられてたまらない気持ちになった。結果的に冒頭(黄色いヘルメットの彼が登場したあたり)から笑いながら涙腺崩壊という竹中直人にも引けを取らない分裂ぶりであったが、そのまま自分でもよくわからない制御不能の涙が次々溢れ出してエンドロールを迎えるという結果。我ながらそんなつもりもなく映画館に出向いていたので自分で自分に驚いた。
今作の中心人物である想田監督の義父母・柏木ご夫妻のボランティア活動に同行している様な気持ちで観ていると、田舎では昔も今も当たり前に存在する小さな小さな差別や孤立、その中でギリギリ保たれる人間関係が垣間見えてくる。そしてそういう場所からもう長いこと離れて暮らし、目を背けて続けてきた自分への後ろめたさもあり、決して大袈裟ではなく淡々と映し出される「現実」を前に、私はただどうしようもなく泣いたのかもしれない。

それにつけてもまともに聴くのは初めてだった岡山弁の耳触りの心地良さよ。柏木ご夫妻のお人柄もあろうけれど、あの響きの優しさにも心打たれた。映画は一応字幕付きではあるけれど、目でというよりはちゃんと耳で聞きたい言葉。いつもエサをあげている野良猫達からつまはじきにあっていた1匹、通称・泥棒猫にも優しい柏木さんの「エサだけやりょんです」とかもーたまりません。いつの間にやら順番に淘汰されていく猫という不思議な生き物の諸行無常さをも当たり前に受け止めておられる姿も。そう、今作を観ていて「受け止める」という事も強く感じた。その対象は様々で、「他者」であったり「環境」であったり「死」であったり。

話は少し飛ぶが、昨日俳優の原田芳雄さんが亡くなった。最後の出演作となった映画『大鹿村騒動記』の舞台挨拶に現れたその姿にショックを受けられた方も少なくないだろう。私もそのうちの1人である。ほんの少し前にテレビ番組で元気そうな姿を拝見したばかりだったので、その姿の変貌ぶりには余計衝撃を受けたが、それ以上に何か「死」を覚悟した人の姿というものを目の当たりにした様な気持ちになって、その絶対的に侵し難い「尊厳」というものを前に、頭を思い切り殴られた様な感覚の方が強かった。
『Peace』に登場する独居老人橋本さんの姿にも、全く同じものを感じた。周囲に迷惑をかけて生きるという事を気にし続けていた橋本さんが、突如前触れも無くとうとうと語り出した戦争の話。生き残ったという事への罪悪感を背負いながら、それでも生き続けた人の姿や言葉には、ただ息をのみ耳を傾けるほか無く、まばたきすら出来なかった。今思い出しても鼻の奥がツンと痛くなるほど。想田監督ご自身が出演されたラジオ番組で話されていたけれど、たった3日だけだったという橋本さんの撮影日程の中で、そのまさに最終日に(ご本人は無意識だったかもしれないが)とらえられたこの場面。語り始めた橋本さんは何かに導かれている様にも見え、そんな現場に居合わせるというまさに奇跡の様な現場を想像してウワッと鳥肌が立った。(ちなみにこの「奇跡」は75分の間にあちこちで起こっちゃうのがまた凄いのであった)スクリーンを通してではあるけれど、その瞬間を共有させてもらえたというのは、私なんかが良いのでしょうかという様な何とも複雑な気持ちながらも、とてもとてもかけがえの無い事だった。縁もゆかりも無い私ですが、橋本さん、あなたの言葉は受け止めました。
改めてドキュメンタリーって凄い!と痛感させられ、映画館を出た後しばらく経っても夫と熱く語り合い、その後初めて行った「もうやんカレー」の味の記憶も曖昧。今後もことあるごとに語り続けてしまいそう。
そんな訳で猫好きだろうとなかろうと『Peace』は観ておくべし!です!

帰宅後、想田監督の著書『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』を読み始めた。冒頭からいきなり面白い!当然ながら私は映画作りに関して全く無知であるけれど、自分の作品を作る上で心にぶっ刺さる言葉が次々と出てくる。帰省の道中、じっくり繰り返し読もう。



※イラストの泥棒猫はどことなく楳に似ていた。洗ってあげたらグレーの毛が真っ白になりそうだったなあ。
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保護した時から楳は右目が涙目なので、ちょくちょく拭いてやる。以前通っていたお医者は「そんなのは自分で拭くからそこまでしなくてよろしい」と言っていたが、今のお医者からは「拭いてあげて下さい」と言われている。で、私は以前も今も自分が拭いてあげたいので拭いてあげている。だから何という話だけれど。

前の日記を読んで下さった私の愛する諸先輩方より「四十路は怖くないよ。いいもんだよ。」と励まし(?)のお言葉を沢山頂き、いや、実際四十路を迎えるにあたり、大した考えも持ち合わせていなかったので面目ない気持ちだったのだけれど、お陰様で無事仲間入りさせて頂きましたはっはー。あとは先日半日費やして電気屋で選んだ冷蔵庫が配達されるのを待つだけであります(結果的に誕生日記念の品となった。今後3年は何も要らんまじで)。

今日も嫌な揺れがあって、4ヶ月前と何も変わらぬ慌てっぷりで、楳を抱えて部屋を右往左往してしまった。しばらく震えも止まらず、時間が経過すればするほどてんでダメな感じである。東京程度でそんな状態なのに、被災地の方々のメンタル面をたて直すのはどれだけ困難なことだろう。玄関には非常時用のリュックも4ヶ月間置きっぱなしの我が家であるが、果たしてこれを背負っていったい何処に逃げると言うのか。

来週は何年ぶりかの天草帰省が控えている。当然避暑になる訳はない。それまでに仕上げねばならないものを急ピッチで作業中。あと版画1点作りたいのだけれど果たして間に合うか。やれるだけの事をやりたい。
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うわーい。更新サボってた。忙しいとか、体調が悪いとか、書く事が無いとか、想いを言葉にする事に限界を感じてとか、そんなんでは全くなくて、暑すぎて気力を失っていただけです。あいすいません。何も考えていません。頭を振るとカラカラと空虚な音がします。考えている人(自称含む)の意見を聞き続けていたら、いや正直一方的に聞くのも辛いもので、あーもーいーっす、アタシの事、考えなしの人だと思って下さってオッケーっす、だってホラ、頭カラカラ言ってんでしょ?もーコイツだめだわバカだわ認定で構わねーっす、という様なこれぞ投げやりな気持ちを患っておりました。おりゃあー!(やり投げ)。いや患い現在進行形かもしれやせん。ほらね「しれません」と打とうとしたのに「やせん」だって。ダメだこりゃ。しかも「打とうと」と打とうとして最初に「ウトウト」て変換される始末。どうですかこれ。ウトウトしすぎだよ正直。でもまあ、それでも時間は止まりはしないので、自分にやり、じゃなくて匙投げそうになりながらも、版を作って刷っております。あ、思いついた。ひょっとしてこれは四十路前症候群か。いや、そんなものがあるのかは知りませんが。昨日「そろそろくる」(著/中島たい子)を久々に読み返して、度々登場する「PMS(月経前症候群)」という症状に殆ど無縁のまま生きてきた身としては色々と感慨深く読んだものの、PMSの四十路前バージョンだったりして。つーかそれK・O・N・E・N・K・Iじゃん。アルファベットで書いたって響きの侘しさは一緒だい。いや四十路がどうとかいうよりも、偶数より圧倒的に奇数が好きなので、ああまた割り切れる年齢になるのかよ...というガッカリ感がハンパない。四十路ブルー。またそうやってすぐテキトーな事を言う人間だよアタシ。コイツだめだわバカだわ認定にテキトーも加算して頂いて。あー実に実のない言葉だなー。言葉からもカラカラって音がしそう。書いてる事が全てじゃないのは誰でも皆同じで、もっともそうな事を言っている人も、そうでない人も、それだけじゃないって事はわかっているつもりだけど全然わかっていない。そういうのを意識するって結構しんどいすね。でもまあそれを避けて通るのを許してもらえるほど若くないのか症候群かもコレ。えー。

久々に無改行日記。息抜きは楳ネタで。

ある日の夕方、私の気まぐれで楳にぬる湯シャワーを浴びさせてみたら、これが気持ち良かったらしく、今では私が風呂場に行く度に追いかけてくる様になり、以来毎日シャワーを浴びている。あのシャンプー嫌いだった猫が!私が入浴している間も風呂が気になってしかたない!という感じで、様子を伺いにくる。こんな風に。
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これはあまりの暑さに最後の力を振り絞って「ひんやりマット」で行き倒れた楳。バタリ。
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さて昼飯にしよう。もう麺しか食べてない。
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