黒くて小さな私の光 |

9歳と6ヶ月でした。
突然のお知らせとなってしまいましたが、実はもう長いこと抗がん剤治療を頑張ってくれていました。
病名は「リンパ腫」です。
2019年12月に定期検診を受けた際、肝臓の数値の異常が見つかり、けれどその原因の特定がなかなか難しく、ようやく病名が確定したのは翌年2020年4月。その時点で、治療をしてもしなくても余命は半年(つまり2020年10月)と告げられていました。
近しい人たち以外に病名を明かさなかったのは、何か願掛けのような、そうすることで何とか自分を保ち、墨と共にいられる時間を治療と制作に専念したかったからです。
抗がん剤治療は、墨の元々の体質などもあり、なかなか思うようには進まず、何度も「もうこれまでか」とあきらめそうになりましたが、その度に墨の強い強い生命力に驚かされ、励まされて、この小さな小さな墨がこんなにも生きようというのなら、私はとにかく並走するのだという気持ちでやってきました。
夏に緊急入院した時も、これ以上病院で出来ることが尽きてしまい、自宅で看取る覚悟での退院だったのですが、その後主治医の先生も驚く大復活を遂げて、一時はダイエットを進められるほどに体重も増え、人間たちの常識をヒョイと乗り越えて、この10月で最初に言われていた余命の期日から1年を迎えてくれました。
今まさに同じ病と戦っている猫とその飼い主の方には、決して良いお知らせではなく、悲しい気持ちにさせてしまうかもしれず、ごめんなさい。でも、どうか猫を信じて共に歩いてほしいと思うのです。そして寛解や完治だけがゴールではないのだと、私はそれをこの年月をかけて墨に教わりました。
常に我が家の中心だった墨の死は、これまで何度となく想像し、理解し、覚悟もしてきたつもりでしたが、今は正直、私も家人も立ち直れそうにありません。ボロボロです。でもこれから墨のいない灰色の世界を、墨が与えてくれた沢山の喜びを糧に、生きていかねばなりません。
ああ、もう風呂のドアをほんの少しだけ開けて、墨がやって来るのを待たなくてもいいんだ、と思うと、風呂に入ることすら苦行となり、それでも泣きながら涙風呂に浸かり続けようと思います。
これまで長い時間、墨の病と全力で戦いつづけて下さった病院の先生方、墨を我が家に送り出して下さった南中野地域ねこの会さん、いつも気にかけてくれた友人たちに、心から感謝します。本当にありがとうございました。
コロナ禍と共にスタートした闘病は、何かと大変ではありましたが、墨がまだ小さかった数年間、両親の介護のために東京の自宅にいられず、一緒に過ごしてあげられなかった時間を少しは埋めることができたのかもしれません。そういう意味ではとても幸せな日々でした。
墨。
黒くて小さな私の光。
あなたに残された者たちは、この先どうしていいのかわからなくて途方に暮れるけれど、あなたに恥じないよう生きていくから、その矢印の尻尾で「ラッタッター」と私を導いて。
煤のこと、これまでみたいに見守っていてね。
我が家に来てくれてありがとう。
またね。

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