2023年 05月 13日
青い夜が明けても。 |

『ねこのねえ』もいつか出版社から出すのですか、と訊ねられることがある。不思議な質問だなあと毎回思う。自費出版本の「ゴール」が、まるでそれであるかのような前提に立っているからだろう。あいにく私にはその前提がないのと、出版社から本を刊行することが、それほど簡単なことには思えないので返答に困ってしまう。
ねこのねえ「も」というのは、かつて私が自費出版していた『退屈をあげる』という作品が、現在は青土社から出版されていることにも起因しているようだ。世の中には私と同じような道を辿っている出版物が他にもたくさんあって、大いにヒットしているものもあれば、一時話題になって、残念ながら初版絶版となるものもある。おそらく質問主は前者をイメージしているのだろう。
自費出版本の「ゴール」とはなんだろう。これまでわずかながらも本を出版するという経験を経て、私なりに気づいたことは、本は完成した瞬間が「ゴール」かと思いきや、実はやっと辿り着いたスタート地点だった、ということだ。自分一人のために作った作品であれば、そこで気が済むかもしれないが、本は誰かに読んでもらわなければ意味がない。それは出版社から出そうが、自費で作ろうが変わりはない。友人知人はもちろん、私の知らない誰かや、私のことを知らない人にも読んでみてほしい。一点ものの絵画作品と違って、印刷物である本は、それを可能にするのだということも後から知った。
知ったからには欲が出る。猫の本とはいっても、猫にさして興味のない人にも届けたい。せっかく作ったのだから、速さとか数の勝負をするのではなく、できるだけじっくり長く売っていきたい。そのためには自分のペースも大事にしなければならない。小さなお店とも直接やり取りしてみたい。最終的に少しは猫の役にも立てたらいい。
これらを叶えていこうとすると、どうしても作りたい本があれば、この自費出版というスタイルでやっていこう、に落ちつく。他者の資本で好き勝手にやれるほど神経が図太くはないし、決して善人ヅラするわけではなく、結局のところ、それが私にとって一番都合がいいのだ。自費出版の「ゴール」がなにかはわからないけれど、そもそも「ゴール」など必要なのだろうか。
早いもので『ねこのねえ』は初版発行から一年が経ち、私なりに気づいたことがもう一つある。それは届いてほしい人の元に、本が届いた時の喜びは何ものにも代えがたいということ。だから、読んでくださった皆さん、貴重なスペースに並べて販売してくださっているお店の皆さんに心から感謝します。デザインを手がけてくれたガラス作家の松本裕子さん、印刷製本を担ってくださる西村謄写堂さんにも改めてお礼を。
そして、猫にもありがとう。時に厄介で、愛しく、切実なあなたの「ねえ」は、青い夜が明けてもなお、ずっと私を揺さぶり起こそうとしている。
二〇二三年 三月一七日 『ねこのねえ』第五刷刊行に寄せて。 坂本 千明
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※こちらは三月に『ねこのねえ』第五刷完成と発売から一周年を記念し、お買い上げくださった方に差し上げていたフリーペーパーを一部修正し掲載しました。
私からの配布はすでに終了していますが、ひょっとするとまだ残っているお店もあるかもしれません……
by sakamotochiaki
| 2023-05-13 13:14
| ★【ねこのねえ】
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